【 シン・エヴァンゲリオン劇場版 】63点 – 批評レビュー –


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※ネタバレを含みます。

【 次回作は、どうせある 】

 物語後半は前半と打って変わり従来のエヴァらしい世界観になっていくが、世間ではどうやらこの後半部分のウケが悪いようだ。TVアニメ版をリアルタイムで観ていたような世代にはこれぞエヴァの醍醐味といった所だろうが、オリジナルの専門用語を用い、情報過多の上に抽象的過ぎる展開は主に若い世代や話題作だから取り敢えず、と劇場に来た客には荷が重かっただろうと思う。
「人類を滅ぼして一個の精神集合体とする」というゲンドウの極端な思想は90年代の創作物の悪役のようで古過ぎる。現代では人類を全滅ではなく選別して一部滅ぼし、理想の世界を作るという目的で動く悪役が主流だ。

私はTVアニメ版からエヴァQまで一通り鑑賞しておりその都度専門用語や劇中では語られないバックグラウンドを調べたりしたものだが、今作ではそれは最低限に留めた。エヴァの世界観は奥の奥までしっかりと作り込まれていて調べ始めると沼にはまるようにのめり込んでいく中毒性があるのだが、他の何とも関連していない知識の数々はエヴァ鑑賞時にしか使えず、作品と作品の間に時間を置き過ぎるので大抵の場合次作鑑賞時に全て忘れてしまっていてイチから調べ直しになるのだ。今作は特に最終作でもあるので狂気的でアーティスティックな映像美とナイーブで穿った精神性を楽しむことに留まったのだが、あるいはこれまでのエヴァ作品もそういった楽しみ方で十分だったのかも知れない。

全エヴァ作品共通で言える事だが、自分の頭の中だけで作り上げた独創的に過ぎる世界を、こんなにもエゴイスティックに描き切って猶観客を惹き付けられるというのは物凄い事だ。もちろんTVアニメ放送時や前作「エヴァQ」では大いにバッシングを受けた訳だが、最終作まで巨額の費用を投じた大作の形で世に出された事は結局世間から認められた事の証に他ならない。
恩師である宮崎監督は日本人の心象風景に訴えかける作風である事に対し庵野監督は自分の頭の中だけで創り上げた誰の既視感にも触れない作風で攻めており、関係の深い二人のアプローチが全くの逆である事も面白い。

ストーリーの前半部分がスカスカで無味無臭である事、終盤は結局エヴァお決まりの精神世界に逃げ、有って無いようなオチで終幕する事等を加味するとシリーズ最終作としては少々物足りない感があるが、後半の中核を成すシーンはエヴァ節・庵野節満載で相変わらず秀逸だ。逆に言えばその部分の、繊細で鬱屈した精神性や狂気的でアーティスティックな世界観を理解出来ない人にはこの映画から得られる物など何もないだろう。私はこういったテイストが大好物なので、どうせやるに決まっているエヴァ次回作を楽しみに歴代作品をもう一周して復習でもしておこうかと思う。

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