【良い点】
✔ ソーシリーズファン待望のジェーン復活。シリーズ1作目以上の大活躍を見せる。
✔ ド派手で大迫力の戦闘シーン。MCU前作「ドクター・ストレンジ2」以上の出来。
✔ クリスチャン・ベール、ラッセル・クロウという骨太の曲者俳優陣。
✔ 若々しいハリと大人の色気を両立させているメインキャストのアラフォーヒーロー達が魅力的。
【悪い点】
✖ ギャグベースの映画だがギャグがサブい。軽はずみで面白くない上にダラダラと尺を取り、映画のテンポを削ぐ。
✖ 特に終盤の筋書きが最悪。シリアスで繊細な脚本を映画に落とし込んで成立させる腕が監督にない。
✖ 監督がMCUの過去作に思い入れと敬意を持てていない。
✔ 「ソー:ラブ&サンダー」はMCU(マーベル映画)の29作目にして「マイティ・ソー」シリーズの4作目に当たるヒーロー映画。主演をお馴染みクリス・ヘムズワースが務め、ヴァルキリー(テッサ・トンプソン)、コーグ(タイカ・ワイティティ)、ガーディアンズの面々等前作までの仲間達も引き続き登場する。ソーシリーズの2作目以降MCUからほとんど姿を消していたヒロインのジェーン・フォスター(ナタリー・ポートマン)が正式に復活して活躍するストーリーに喜んだMCUオールドファンも多いだろう。ヴィランであるゴアにお得意の狂気的な役作りで扮したクリスチャン・ベール(バットマン:ダークナイトシリーズの主人公役)や怠惰で不遜な最高神ゼウスを演じるラッセル・クロウのクセ強な怪演も光る。
MCU初期のアベンジャーズのメンバーの中でリーダー格である「アイアンマン」や「キャプテン・アメリカ」を除いて唯一ナンバリングシリーズを与えられていたソーだが、その出来は前出の2人の物と比べるとかなり悪い。今作と同じくタイカ・ワイティティが監督した前作「バトルロイヤル」は、やはり今作と同じく面白くないギャグベースで軽はずみな描写を繰り返す駄作、その前の「ダーク・ワールド」は内容を本気で思い出そうとしても本当に何も出てこないペラペラの影薄作品といった具合で、「マイティ・ソー」は主人公の人気と相反してあまり本気で作って貰えない可哀想なシリーズ、といった側面がある。
そんな中唯一まともな作りをしているのがシリーズ第1作目の「マイティ・ソー(2011)」だ。高身長でムキムキの陽キャイケメンが俺らの娘ことナタリー・ポートマンと純情な恋愛関係を育みつつ、4人の仲間と共に人としても成長していくストーリーはポップでキャッチーな上に相当エモく、MCUを最初から追っていたファンの中には密かにこれを推している人も多い。私もソーシリーズの中ではこの1作目が一番好きだし、ソーとジェーンが焚火を囲んで談笑しつつ交互にお互いの横顔を見つめてしまうシーンは異論を差し挟む余地のないMCU最高の恋愛シークエンスだ。これは監督したケネス・ブラナーの妙技によるものだが本作とその前作を監督したタイカ・ワイティティの、こういったセンスある高等演出にはまだ一度もお目に掛かっていない。
本作のメインキャストは皆ルックスも演技も素晴らしい。また髪を伸ばして体を絞ったソーは青年の若々しさに中年の色気を纏い始めていて、服をもぎ取られて拘束されているシーンではその筋骨隆々に作り込まれた美しい裸体をうっとりと睨め回す美女達と同じ顔でスクリーンに見入ってしまった私だ。昨今のポリコレの風潮に全乗っかりしているMCUだけに女性賛美としてジェーンやヴァルキリーの描写も抜かりなく、2人共非常に魅力的だ。
ゼウスを演じるラッセル・クロウと、ジェーンの親友を演じるカット・デニングスが最早誰だか分からない程に太ってしまっている事についてはご愛敬だ。「ザ・マミー」や「アオラレ」では大きな体が脅威を演出する事に一役買っていたラッセル・クロウだが今回はいやに露出度の高いノースリーブにスカートみたいな物を合わせるコーディネートで棒状の武器をやたらと振り回すので《バトントワリング部女子への変身願望がある変態おじさん》みたいになってしまっている。カット・デニングスはMCUではジェーンの友達ポジションの地味目女子を演じているが顔はジェーンを凌ぐ程に美人で密かに人気の名物名脇役…だった筈なのだがコロナ禍が始まった辺りから仕事が減ったせいか彼女はどんどんサイズアップしており、MCUドラマシリーズ「ワンダヴィジョン」と本作では美人属性は綺麗に消え去ってしまっている。作中冒頭でジェーンとの会話を横から撮るシーンがあるのだがそのサイズ感の差に哀しくなってしまう程だ。役者でありながら体形の管理が出来ないプロ意識の無さは、ハリウッドではドラマ俳優によく見られる特徴だ。
脇役に少々難はありつつも魅力的なキャストのパフォーマンスを、監督のタイカ・ワイティティの演出がことごとく駄目にしていく。「手榴弾に見えるポータブルスピーカー」だとか「やきもちを焼く斧」、「売れない役者のボーン・アイデンティティ」みたいな大して面白くもないギャグプロットをやたらと擦って「もういいって」と観客が辟易する時間の倍は尺を割いてくる。演出に「溜め」や「緩急」をつける事も全く出来ていないので重要なセリフやシーンがそうでない物と区別し辛く、映画全体に締まりが無くて緊張感や重厚感が生まれず、白けてしまう。
軽はずみでしょうもない、癇に障るボケを連発するだけでまともな演出の一つも出来ない上にこの監督は前述の「マイティ・ソー第1作目」で重要な役割を担ったウォーリアーズ・スリー(浅野忠信演じるホーガンを含むソーの仲間の戦士3名)を前作「バトルロイヤル」でモブと全く同じ扱いで適当に殺してMCUから退場させており、今回そのシーンが回想的に差し込まれるのだが事もあろうに浅野忠信の死亡シーンで「誰こいつ?」と、確か監督自身が演じるコーグの声で蔑みを込めて茶化す台詞を入れ込んでいて、本当にバカなんだなこいつと思わされる。ネットで「バトルロイヤル」のレビューを探せばどのサイトにも必ず「大事な仲間をモブみたいに殺してるけどどういう事?」という指摘があり、監督もその件に関しては当時散々つっ込まれたのだと思うが勢いだけのこのキッツいおっさんは多分それに対して逆切れしているのだ。MCUの歴代作品に対しての理解がないばかりか軽はずみに犯してしまったミスでMCUファンを困惑させた挙句逆切れ気味にさらにもう1発入れるというのはプロのやる事じゃないし、大人のやる事でもない。MCUは本当に素晴らしいシリーズなのでこいつやジョス・ウェドン(アベンジャーズ第1作・第2作の監督)みたいな変な監督が入り込むと本当に嫌な気持ちにさせられる。
※※※※※※ 以下ネタバレを含みます ※※※※※※
※※※※※※ 鑑賞後にお読み頂くようお願い致します ※※※※※※
本作の終盤はシリーズ1作目の「マイティ・ソー」を好きだった者からすればかなりキツい筋書きになっていて、簡単に言えばヴィランである「ゴアの娘、ラブ」を生き返らせるかジェーンのステージ4の癌を治すかの二択を選べるシーンでジェーンの選択肢は採られず彼女は死んでしまうのだが、せっかくMCUに復帰して華麗にヒーロー化したジェーンをたった1作で退場させてしまう事がもったいなさ過ぎるし、どうでもいいハゲのおっさんの娘をソーが父として育てるというのは超展開過ぎて全く頭が付いて行かない。
要するに「ジェーンは失ったけど変わりに娘というかけがえのない存在を手に入れた」というありがちな型に持って行きたかったのだと思うがまずソーともジェーンとも血の繋がっていない子供を「新アスガルド」で預かって孤児として育てるのではなくソーの直の娘にするという展開が飛躍していて無理があるし、娘を主人公の身内にするのならその父親、つまりゴアに観客が感情移入出来るよう監督が演出を加えていなければならない。作中ゴアは心折れて悪に染まった凡庸なヴィランとしてしか描かれておらず、その程度の奴の娘の代わりにジェーンが死ななければならない展開が胸糞過ぎるし、当然その娘が俺達のソーの子供になるという好待遇に収まる流れにも納得がいかない。
本作の監督タイカ・ワイティティは監督としてのセンスや技量に乏しいだけではなくMCUファンの気持ちや求めを理解する意識を持てないどうしようもない人物だ。「エンドゲーム(2019)」以降MCU作品は少々予算を抑えめに、質を落として製作されているがそれでもこの監督は質が悪過ぎる。思考力やセンスの無さ、人格の貧層さを勢いとポジショニングで何とかしてここまで来たのが透けて見えるようで非常に気分が悪い。「能力不足だな」と思うMCU作品の監督はいくらでもいるが「1日でも早くMCUから出て行って欲しい」と思う監督はジョス・ウェドン以来だ。彼の演じるコーグもMCUにおいて全く重要ではないキャラなのでソーの仲間の三戦士やジェーン等ではなく彼を死亡させて監督共々早々にMCUから退場して欲しいものだ。
✔ 「ソー:ラブ&サンダー」は派手でよく出来たアクションシーンと魅力的なキャストのお陰でそこそこは楽しめるものの監督の空気の読めない演出のせいで不快指数も高い難ありの作品だ。一本の映画としてはスルーしてしまっても構わない程度の出来だが今後のMCUに大きな影響を及ぼすエピソードを含んでいて、今後もシリーズを追うのなら視聴を避けられない点も質(たち)が悪い。
こういう微妙な作品はうっとうしいシーンをスキップ出来るネット配信サービスで観るのが一番だ。恐らく今から1カ月もすればディズニープラスのラインナップに並ぶので、そちらで視聴するのが一番いい。
MCUの劇場公開作も微妙な物が増えてきた昨今、1カ月もすれば同じ作品がもっと楽に便利な形で、しかも安価で視聴出来るディズニープラスという選択肢が一番いいのではという気がしてくる。MCUウォッチャーならドラマ作品も見逃せないところではあるので、それ目的でディズニープラスを契約している場合この「ラブ&サンダー」を観にわざわざ劇場まで足を運ぶメリットはないだろう。