【ビースト】47点 《CGライオンによる襲撃シーンは超リアルでガチの玉ヒュン物。基本それだけのシンプルな映画》– 映画批評 –

映画



①.細部まで繊細に描き込まれ確かな重量を持って人に襲い掛かるライオンの襲撃シーンは圧巻。

➁.アフリカの雄大な自然をバックに主人公家族の背中を追う形で撮影されたノーカットの映像に強く引き込まれる。全編緊張感と臨場感が尽きない。

③.登場人物それぞれのキャラ描写、主人公家族にまつわる人間ドラマ、伏線の配置やストーリー進行のテンポ等全てが非常に丁寧に成される質のいい映画。

④.主人公チーム(4人)の演技が非常に良く、物語への没入感を高める。こちらも非常に丁寧に演出が行われた印象。


①.本作はモンスターパニック物で「ライオンに襲われる映画」だが本当に只それだけのシンプルな映画。ストーリーはとにかく一本道。

➁.ライオンの襲撃に芸が無く回を追う毎に飽きていく。クリーチャーにもシチュエーションにも手心が加えられておらず盛り上がりに欠ける。

③.最終局面の主人公の動きが余りに無謀。唐突過ぎる上に画的にも面白みに欠け、残念な出来。

④.主人公の子供達が五月蠅い。大人の言う事に逐一「でも」と返し正面から約束を破り独断先行してライオンの襲撃による死亡リスクを上げていくゆとりムーブに辟易させられる。


批評Ⅰ:概要

✔ 「ビースト/BEAST」は2022年のモンスターパニック映画。アフリカへ旅行にやってきた「父+10代の娘2人」の家族と現地で動物の保護活動・ガイド等を務める父の友人の4人グループと全ての人間を目の敵にして襲い掛かる凶暴な一頭の雄ライオンの攻防を描く。アベンジャーズの「マイティ・ソー」シリーズで虹の橋の番人「ヘイムダル」、「スーサイド・スクワッド2」では主人公ブラッドスポートを演じたイドリス・エルバが主人公を務め、主人公の友人役を「第9地区(2009)」のシャールト・コプリーが演じる。


Ⅱ:監督の明確なビジョンに基づく丁寧な映画作り

✔ ライオン物のモンスターパニックとは随分珍しい。同ジャンルでパッと思い浮かぶ物は誰にとっても大抵「サメ映画」だと思うがこれは何十年も前から擦り倒されていて今やYouTuber並のレッドオーシャンだ。アメリカのとある映画製作会社によってネタジャンル化されてしまった事もあり「サメを題材にしたまともなモンスターパニック映画」というのは最早製作不可能と言っても過言ではない。

幼少期心躍らされた「ジョーズ(1975)」を忘れられない現役の映画人達はそんなネタ化されてしまった「サメ」を避け「ヘビ」「ワニ」「グリズリー」「ピラニア」等様々なモンスターパニックを製作している。考えようによっては「ゾンビ」「恐竜」物なんかもモンスターパニックに数えられると思うがそんな強者達のひしめく環境で、比べるとモンスター感(化物感)の少ないライオンを本作の題材に選んだ製作側の意図は「雄大な自然の中主人公チームに同行していると錯覚してしまう程のリアルな映像の中で突如猛獣に襲われる恐怖を観客にも追体験して貰いたい」だ。そしてその試みはこれ以上ない程に成功している。

主人公+10代の娘2人の家族がアフリカに到着してからカメラは常々彼らの背中を追い、特にライオンの襲撃シーンや襲撃された村の惨状を家族が発見するような緊迫感漂う場面はノーカットの技法が多く用いられている。「全編ノーカット(風)」が売りの「1917 命をかけた伝令(2019)」を観れば分かるように、登場人物の背中を追う形のノーカットの映像が観客にもたらす没入感は侮れない。アフリカの雄大な自然の中、国は違えど今どきなゆとり家族の後ろに付き添い体験する「スマホはおろかこのご時世にWiFiまでもが繋がらない」「巨大な雄ライオン二頭と体を擦り付けあって戯れる男」等の非日常な事象が主人公家族と観客の一体感を高めていく。

人間と友好関係にあるライオンの群れのオスが新顔の主人公家族を遠目に認めるや否や唸り声を挙げたのを受けて現地のガイドが「大丈夫、自分達がいるって伝えてるだけだよ」と家族をなだめるシーンを見て「なんだ人間を見ると咳払いや舌打ちで威嚇する事を欠かさない東京都民のオスと同じじゃないかww」と笑っていると住民全員が切り裂かれて死亡している集落が発見され物語が急展開を見せる。雄大な自然、優しい現地の人々、熟練のガイドに守られてすっかり忘れていたがここはアフリカ、大自然の猛威が一度牙を剥けば人間には成す術の無い場所だ。ここで観客に走る緊張はスクリーンの中で主人公家族を襲う恐怖と同質で、つまりこの時点で「観客と主人公達をシンクロさせて没入感を生みたい、恐怖を追体験させたい」という監督の試みが見事に成功している事になる。その直後の「背中からのノーカット映像」の中で体験する巨大ライオンの襲撃シーンは3Dで見たらちびるんじゃないかと思うぐらいに本当に恐い。監督の明確な意思に基いた丁寧な作品作りがこの瞬間の爆発力を生んでいるのだ。


Ⅲ:ライオンという題材の限界

✔ 本作でのライオンの襲撃シーンは大きく分けて三つある。一つ目は前述の家族が最初にライオンに襲撃されるシーンだが、この後の二つのシーンは映像自体は同クオリティでも体感的な緊張感・恐怖心はどうしても最初の物に劣ってしまう。

ライオンが人間を襲う方法は「身をかがめて巨大な肉球で足音を消しつつ死角から忍び寄る」「車に籠城してもガラス窓を叩き割って手を差し込み引きずり出そうとする」「狭い隙間に逃げこんだ人間への殺人猫パンチの猛ラッシュ」等でバリエーションが非常に乏しい。細部まで描き込まれたこの上なくリアルなライオンが確かな重量感を伴って襲い来る映像は本当によく出来ているのだが二回、三回と繰り返されるとどうしても飽きが来てしまう。映画を観慣れた人なら一度目の襲撃の後「多分この後どんどん盛り下がるな」と読めてしまえる程だろう。

これがリアリティを優先して遺伝子操作をされている訳でも超常的な力を纏っている訳でもないシンプルな「ライオン」をモンスターパニックの題材に選んでしまった事の弊害だ。人間より知能が低く行動パターンの少ない「モンスター」を物語の題材に据える場合①味方側に「怪我をしていて自力では動けない幼女」のような縛りを課すだとか時間と共に籠城している場所が洪水のような形で浸食されて板挟み状態になってしまうだとかしてシチュエーションに手心を加えるか、➁モンスター自体が超巨大でしかも複数登場するだとか卵を産んで増えるといったようなモンスター側のスペックを豪華にするかのどちらかを採用しなければどうしてもワンパターンな展開で尻すぼみのストーリーになってしまう。竜巻に乗って国中を襲うとか頭が5つあるとかまでやってしまうとギャグの領域だが、そこまでやらなければモンスターパニック物は最早成立しないという見方も出来る。我々と同じ哺乳類でサメやヘビ等と比べると生態はまとも、武器は現実にもいる猛獣のフィジカルと爪と牙だけしかも数は一頭のみ…これと「車が壊れて連絡手段も断たれ籠城するしか選択肢が無くなった」というシンプル過ぎるシチュエーションの組み合わせで成り立っているのだからこの映画が中盤以降どんどん尻すぼみになっていくのも当然の事だ。

モンスターパニック映画と言えばリーダーの打ち出した完璧な策に意味不明な理由で異を唱えたり謎に錯乱して籠城エリアのバリケードを内側から破壊してモンスターを招き入れる「境界線破壊おばさん」なる女性キャラが用意されているものだが本作では自意識が強く独断で動きがちだが脇の甘い主人公の長女がそれを担っていて、まともな父親の発言にいちいち「でも」「だって」「聞いてよパパ」と横槍を入れ言いつけを正面から破って勝手に動く様はこの娘のゆとり具合と娘に嫌われたくなくて毅然とした態度のとれない不甲斐ない父親の情けなさを物語っていて見ていて非常にしんどい。「トラブル起こし係のゆとりティーン」はここ最近のハリウッド映画で最もよく見かける雛形の一つだが、こんな物に頼ってストーリーに変化をつけなければならない辺りにも本作の脚本部分の貧弱さがよく表れている。


Ⅳ:素っ頓狂な最終局面

✔ 上質なCGと丁寧な映画作りは保っているもののどんどんマンネリ化していく流れの中で、とうとうそれに耐えられなくなったかのように主人公が武装したならず者集団すらいともなく単体で撃破する殺人ライオン相手に単身無謀な策に出る。武闘派で高い戦闘力を誇る役を多く演じているイドリス・エルバは本作では医師の役を演じていて戦闘力は皆無、「自分が死んだら娘達も死ぬしかない」という事実すらも無視したやけくそな行動はそれまでの丁寧な作品作りが嘘のように脈絡が無く素っ頓狂だ。

監督としてはこの最終局面のバトルシーンを物語最大の見せ場としたかったのだろうがその展開が始まって「いやそれやっちゃうとこうなるだろ」と観客の誰もが予想するそのまんまの映像をバカ高いCGで製作しているだけで意外性も見応えも何もあったもんじゃない。サメしかり恐竜しかりプレデターしかり、フィジカルで圧倒的に勝っているモンスター相手に知的な罠と策を巡らせて人間側が肉薄していく展開がこういった映画では求められるものだが本作ではそれが丸々抜け落ちている。言ってみれば「プレデター(1987)」でシュワルツネッガーがプレデターの頭に叩き下ろした丸太のような止めの罠に当たる物だけは用意してあるのだがそこに対象を導く為に本作の主人公がやったのは「やけくそになって走って逃げて後は耐える(耐えている間は防御力にバフがかかっているのか即死級の攻撃がほとんど効いていない)」只これだけだ。即死級の攻撃を寸でのところで躱しつつ事前に張り巡らせた策で少しずつ痛手を与えていくヒヤヒヤ感と爽快感を同時に味わえる醍醐味のシークエンス、この手の映画でこういった要素を用意していないのはいくらリアル志向と言えど手抜きと言わざるを得ない。


Ⅴ:まとめ

✔ 「ライオン」を軸に据えた変わり種のモンスターパニック映画「ビースト」は監督が明確なビジョンを基に丁寧な映画作りを行った上質で品のいい、マイナーな割にまともでよく出来た映画だ。しかし「アベレージより少し強いだけの凶暴な殺人ライオン」、「人の助けが望めない大自然の中連絡手段を断たれ、しかもか弱い娘連れという捻りの無いシチュエーション」の二つを掛け合わせただけの脚本は余りにシンプルで、ストーリーは中盤以降どんどん尻すぼみになっていく。

前半の恐過ぎる「一回目のライオンの襲撃シーン」がこの映画の価値の大部分を占めるがそれだけの為に劇場鑑賞料金1800円を払う価値があるのかは甚だ疑問だ。劇場まで足を運ぶ際は序盤からの引き込まれる映像美を「一回目のライオンの襲撃シーン」に対する期待を高めつつ堪能する事をお勧めしたい。どれだけハードルを上げても期待が裏切られる事はまずないだろう。


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