
→【ホロライブ・アナザーライン】03-01 に続く
テラス席に座って眺める平日昼間の西麻布は、とても落ち着いていた。
人通りもまばらで観光客も少なく、この辺りで働いていそうな勤め人が時折行き来する程度。制服を着た若い学生さんも多く、往来する人だけを見ればうちの地元とそう変わらないように思えた。洗練された街の知らない顔をこうしてカフェに座ってゆったりと眺められるのは、もしかするとまともな社会人をやっていないが故に得られるちょっとした贅沢なのかも知れなかった。
カフェは全然嫌いじゃない。
正直肉とか麺とか、でなければ寿司なんかをガッツリ頂く方が好きだけど。
都会も全然嫌いじゃない。
人が住むことに最適化されていて遥かに利便性の高い地方都市を、私は心底愛しているけれど。
今日を機に二度と見ることもなくなるであろうこの店からのこの街の風景を、私は「じゃあまあ一応焼き付けておきますか」という気持ちでぼんやりと眺めていた。
私はこの春からある実験的な試みに、まだ創業していない会社主導の下挑戦する。近頃ネット上で覇権を握り始めているYouTuberのアニメキャラ版、というものだそうで、〝ネット上で活動する人〟として大成したかった私には渡りに舟の話だった。アニメには全く詳しくないし、オタクでも全然ない私がどこまで通用するかは未知数だけど、この話が決まって以降何故だか大きな成功を収める予感が日増しに強くなっていった。
「お待たせ。」「待った?」
私が演じる、と言うかなりきるキャラクターは一応は〝アイドル〟というのがコンセプトのようで、実際のアイドルのように〇期生、という形で複数人一組でデビューする。つまり私にはデビュー以降苦楽を共にしていく仲間がもうすぐ出来るということだけど、そのメンバー達のことも今この時点で大切に思えてならなかった。まだ顔も合わせていなければ言葉も交わしていない、年齢も人となりもそれぞれがなりきるキャラクターすらも知らされていない現段階で、私は彼女達のことが既に好きだった。
「…………あの、」「お待たせ………?」
今後運営スタッフとして関わっていくことになる水町という人によると同期生はどうやら4人ということで固まりそうだという話だったが、私には私とその4人が仲睦まじく幸せな生活を送っていく画がはっきりと見えていた。まだ顔も知らない、性格も分からない4人と私が一蓮托生で苦楽を共にし、互いに切磋琢磨してそのジャンルで高みに登っていく未来がはっきりと……………
「あの…………」「怒ってる………?」
まだ具体的な話を水町という人から聞いてから一週間も経っていないけど、現時点でその4人との関わりと活動自体と、どちらが自分の中で大事なのかが分からない程に
「あの、」
「あ、、、、」「、、、、、、、、」「はい。」
「だ、大丈夫?なんか…………」
「………………はい。」「はい、大丈夫です。」「どちらさま?」
「え、」「…………誠です、」「けど」
「あら、ごめんなさい。」
気が付くと、待ち合わせ相手が向かいの席の隣に立ってこちらを覗き込んでいた。
「どうぞ、座ってください。」「ええと…………」「あの。」
名前。名前を聞き損ねた。
「……………………」「……………………」
「どうぞ、とにかく座って…………」
今日私は、新しい生活を始めるに当たって古い生活を断ち切るべく、ここに来ていた。
一番の懸念は私が相手の名前を覚えていないことを悟られないまま会話を終えることができるかどうかという、その一点だった。


