
「すみません、本当に」
「いや、」「いやいや、そんな」「大丈夫ですよ………」
「なんか、多分悪気とかないんですけど、」「なんか暗示にかかったと言うか、入り込んじゃったみたいで」
「まあ、まあまあ」
配信終了後、本社の水町さんが心配して連絡をくれた。
「すみません、本当」
「いや、まあ」「若い?ですからねぇ、向こうも………」
「はい」
「むしろいつもちゃんと纏めててすごいなぁって、」「あの…………」「思いますよ?撫さんは」
「いやでも、なんか力不足だなぁって、」「不甲斐ないです、ほんと」
「いやいや、いつも驚いてます」「思ってたよりずっとよくやってくれてますから」
水町さんは得体の知れないベンチャー企業の社員の割にはまともな人で、デビューしてから半年とても良くしてくれている。サポートはまめだしレスポンスも早めで仕事にそつがなく、明け透けでなんでも率直に話してくれた……………………ある一点に関して以外は。
ちなみに〝撫さん〟というのは〝すーぱー☆撫子ちゃん〟さんの略だ。
〝すーぱー☆撫子ちゃん〟はVTuberとしての私のキャラで、
〝DCコミックス〟の〝スーパーマン〟の〝女版〟、
のさらに〝日本人版〟らしい。
〝DCコミックス〟と〝スーパーマン〟とさらにその〝女版〟が具体的にどんなものなのかを、私はよく知らない。
「いやでも、何か悪いところとかあれば」「全然言ってもらって…………」
「え、悪いところ」「ですか…………?」
「はい、私もそうですけどチームの他のメンバーに関しても」
「……………」「えぇ…………?」
「例えばほら、あの」「Pノコとかもう」
「はい」
「おかしいじゃないですか、完全にもう」
「うん、はい」「そうですねそれは」
「でしょ?ライン超え過ぎって言うか暴走し過ぎって言うか…………」
「はい、はい」「まあちょっと調整ミスっちゃった感はある………」
「でしょ?」
「はい」
「やっぱり奴のせいなんですか?」
「……………え、」「〝せい〟っていうのは………?」
「あとほら、艶子とかも」「ヤンキーじゃないですか?」
「ヤンキー…………」「あー…………まあ確かに」
「でしょ?すぐリスナーにキレちゃうし態度もあんま良くないし」
「うん、」「かもですね」
「でしょ?」「やっぱそのせいなんですか?」
「……………?」「その〝せい〟っていうのは一体………」
「あと、あの」「くない」
「……………………」「ん?」
「くないもなんか不真面目って言うか仕事を仕事と思ってないって言うか」
「ごめんなさい、」
「?」「はい」
「〝くない〟っていうのは」「何でしたっけ?」
「え……………?」「うちのチームの子ですよ」
「あー、」「あぁ。」「忍者の?」
「そ、そうですよ!」「チームメイトじゃないですか」
「そうかそうか、」「そうでした、すみません」
水町さんは私〝すーぱー☆撫子ちゃん〟だけでなく同期チームHOLO-PROTO全体のマネージャー兼統括プロデューサーだけど、私以外の四人にあまり興味がない。多分私が一番年長で話もし易いから私だけを押さえておけばいい、みたいな意識だと思うけどそのせいで私個人の負担は大きくなるばかりだった。
「くないのあの、いい加減な感じのせいだったりします?」「やっぱり」
「あの、すみません、その」
「はい」
「〝せい〟っていうのは何ですか?さっきから」
「え、だから」「そのせいで本デビューがいまだに出来ないのかなって」
「あ、」「あー…………なるほど。」「そうきますか」
半年前の活動開始から私が同期四人と共に所属しているHOLO-PROTOは本社がその存在を公には認めていないもので、裏には運営がいない体になっている。実際にはスケジュール管理から案件のセッティング、PCやマイクみたいな備品の支給までありとあらゆるが本社の運営本部によってまかなわれていて、運営側の窓口役が水町さんだった。
しばらくの間活動して(=水町さんによる最初の説明だと3カ月の予定だった)五人の数字の伸びが順調なら改めて本社所属として正式デビュー出来る運びだったのに、私達は明確な説明をされないままもう3カ月も余剰に待たされていた。
最初に説明された〝順調な数字の伸び〟の定義は〝チャンネル登録者数数万人程度〟かつ〝配信アーカイブの視聴回数のアベレージが大体1500回以上程度〟で、それに関してはもう五人共が完全にクリア出来ていた。
元ヤン丸出しで時折オタク視聴者をビビらせてしまうチーム一の成績不振者艶原艶子だけは、それ故にアーカイブの視聴回数が7、800回程度に留まることがあったけど、(さっきみたいな感じで)そのせいか、と尋ねると水町さんは〝いや、数字面はもう完全にクリア出来ていますね〟と飄々と答えた。
「もう言われてた条件全部クリア出来てるし研修?期間も倍ぐらい経ってるのに、いまだにじゃないですか」
「っはァい……………」
「じゃあチームに何か良くないところがあって本社からストップがかかってるのかなって…………」
「いやいや、」「いや…………」
「もう、はっきり言って下さい。」「その方がこっちも楽って言うか」
「いやいや、」
「メンバーにも何て説明していいか分かんないし……………」
なんであたしがメンバーに説明せにゃならんの…………。
「いや、それはもう」「ないですよ、悪いとこなんて」
「だったらなんで…………」
「むしろ私はもう、さっきも言った通り撫さんの獅子奮迅には驚嘆しきりですから。」「全く思ってなかったですからね、数字がこんなに伸びるとも、こんなにこの仕事が向いてる人だとも」
「いやそれは、」「はい…………」「チームのみんなあってこそと言うか、」
「ただまあ、社長が……………」
「はい…………」「社長が」
「ちょっともうちょっと、」「可愛い系がいいとか、」「なんとか…………」
「………………」「はい?」
「いや、あの」「声が、その」「ゴニョゴニョ」「アニメ系なんだからもっと可愛い系の子探すべきだろとかなんか、」「言い出して」「その」
「ちょっと、」「なんですか?」「ちょっとよく聞こえない…………」
「いやだから、」「恫喝するような大声をベースとして喋るような子を事務所の第一号として売り出したくないとか、」「なんとか……………」
「水町さん…………?」「おーい?」「水町さーん」
「……………いや、」「じゃなくて!」
「ああ、」「……………聞こえた」
「〝時じゃない〟って」「言ってましたね」
「…………え?」「時じゃない……………?」
「なんか時勢を読んだ結果、撫さんを正式デビューさせるのはもうちょっと待った方が良い、みたいな」
「えぇ?」
「やっぱり大きな会社を一念発起して起こすような方ですから、野生の勘とかそういうのが備わってるんだと、」「思います、」「よ…………」「多分」
「……………?」「は、はぁ…………」
正直、デビュー時期が遅れること自体はそこまで嫌ではなかった。〝時がきた〟とか〝こない〟とか、私はそういうのが分かるタイプではないし、本社判断でいい塩梅に采配してくれるなら全く従順に従うつもりでいた。
本当に恐いのは〝立ち消え〟の可能性の方だった。出来たばかりの会社がその存在を公にしないままに試動させたアイドルチーム、なんていかにも初期の段階で立ち消えそうで、私はそれを一番恐れていた。
VTuberとしての活動が運営主導の下行えなくなること自体は別に構わない。やってみて分かったけど、アイドルVというのは個人でも頑張れば出来ないものではなかったし、箱所属故の指示・縛りの類がないことを考えればそれもそれで楽しそうに思えた。
問題なのはと一緒のチームでなくなることだった。チームの名前もそれぞれのキャラ付けにしたってそうだけど、それ以上にこの五人で組んで活動すること自体だって会社の許しが無ければ自由に出来るわけがない。
仮に断行してやったとしても、私一人で四人を繋ぎ止めてチームの体を保てるとはとても思えなかった。四人のうち二人はぶっ飛んだガキで予測不能だし、一人はヤンキーで二言目には〝ダルいねん〟だし、もう一人は何を考えてるのか全然分からない。私一人でその全員を繋ぎ止めて取り回すなんて絶対に出来るわけがなかったし、考えただけでもぞっとした。
それでも、私はこの四人を絶対に手放したくなかった。人生で最も濃密な半年を共に過ごしたこの四人を。私の中での優先順位は完全に〝VTuberとしての活動<五人でずっと一緒にいること〟になっていた。
「まあデビューは、私が絶対にさせますから」
「…………は、」「はぁ…………」
「どうか今しばらくお待ち下さい。」「絶対に悪いようにはしませんから!」
目の前の窓にカン、と、何か大きめの虫が激突した。
「…………………」「…………………」
「そ・れ・よ・り!」「スマホとかPC、ちゃんとお渡ししたものだけを使ってもらえてますか?」
「…………………」「………………え?」
「情報漏洩の観点から重要なところですからね、」
「あ、あぁ、」「はい…………」
「くれぐれも厳守でお願いしますよ!」
「…………………」「…………………」
「ねっ!」
「(…………………)」「(下手だな、話題の転換による)」「(話の誤魔化し…………)」
半年前、活動を開始するに当たって本社がPC・スマホその他諸々の備品一式を無償で支給してくれていた。それもどれも相当高価なものばかり…………今住んでいて活動の拠点になっているこの(かなりいい)部屋も会社借り上げの社宅で、立地も良ければ防音対策のお陰か静かで、とても快適に過ごせていた。
試験的な試みでどこにも気取られたくないからチームの試動期間中はPCもスマホも古いものは処分し、支給したものだけを使用して親兄弟にも活動のことは話さないでください、というきつめの縛りもセットで付いてきたけど、わざわざ活動のことを話すような相手もいなかった私には会社の金でいい部屋に住み高価なガジェットを使い回せる贅沢プランでしかなかった。
ちなみに、親には活動を始めるタイミングで勘当されていた。
この部屋に越して来てすぐにかかってきた電話で開口一番に〝片倉くんに合わす顔がない〟と言って泣くので〝誰だっけそれ、〟と返したら二度と帰ってくるな、ずっとお前が負担だったんだと言われ電話を切られ、そこから何度かけても繋がらない。
私は両親のことが好きなので〝時が来れ〟ばまた会いにも行くけど、今は活動で手一杯でそれどころじゃなかった。

