
錆びつけば 二度と突き立てられず
掴み損なえば 我が身を裂く
そう 誇りとは
刃に似ている────────『BLEACH』第8巻
✔ インターホンの冴えない声色とのギャップで軽い恐怖を覚えるぐらいには、広大な空間が広がっていた。──────真っ白で何も無くて、とにかく広くて…………………遠くに何か、椅子がいくつか並んだ小さなエリアが見える……………………………………ドリンクバーだろうか。ドリンクバーに見える。
(演舞場……………だよな、多分)
何十と足を運んだ鬼道演舞場とは趣を異にする空間を、ただ手持ち無沙汰に眺めているしかなかった。
「鬼道演舞場」は武道で言うところの「道場」に当たるもので、それだけに和設えが基本だ。こんな無機質な、大型核シェルターみたいな趣の「演舞場」なんて見たことも聞いたこともない。
(ヴォイド・カーボネイトだよ、多分)
皮張りのようでいて表面が無機質にサラサラとしている天井・壁面を構成する素材は、人生で数度しか見た事のないこの世で一番頑強とされている合成素材〝Void-Carbonate〟のようだった。耐火・耐熱・耐刃・耐圧・耐衝撃を他の何よりも高次元に完備、音も振動も完全に吸収して金属・木材・石・ゴム・プラスチックそれに人体…………何にでもスルリと馴染む何でもござれの最強合成炭素繊維素材だ。
(何を、想定しているんだろう…………)
鬼道には「地面を割って出現する光の龍をぶつける」だとか「巨大な二つの重力場で挟み込んで押し潰す」みたいな大規模なものもあるけれど、ここ数百年はどちらも使用が禁止されている────────使用を許されるとしても宮付きの公式鬼道師達だけで、使えば縛道の九だとか十七番で検知されてすぐしょっ引かれるだけのそれの使用を想定して演舞場を作る事なんてあるだろうか。
──────もっとも、
──────あるのかも知れない。
私が期待しているものが、ここにあるのなら。
五龍転滅(=光の龍)や黒棺(=重力場)を遥かに凌駕するとされる『秘匿鬼祇術』が、
ここにあるなら。
歴史に埋もれ散り散りになった鬼道というものが全部で何唱あるのか完全に把握出来ている者は、恐らく現代にはいない。破道百+縛道百で二百だ、というのがベタな説だけど私は既に各地を廻って千二百を超える鬼道を収集、及び習得し終えている。道すがら出会うフリーの鬼道師達は(私も含め)皆口が堅く、自身がいくつの鬼道を習得しているかについて語る者はいない。─────流しの鬼道師達ですらそうなのだから公式鬼道師達など猶の事で、彼らが(と言うか国が)いくつの鬼道を発掘し保管しているのかは誰も知らない(「鬼道」自体その存在が公にされていないもので、それ関連の文献や研究機関の類も公的には無い)。
多分五千は軽く超えているだろうな、と思う。自分が鬼道の収集を始めてから今までの期間にそれを見つけてきたペースを思うと、多分五千は軽い。─────そしてその大半に、恐らく意味が無い。千二百を超える鬼道はその大半が別の鬼道の派生形とか亜種みたいなものばかりで、数は多くても大半に意味が無い。縛道で「忘却」系の術式群を見つけた時だとか破道の三十九を見つけた時はちょっと面白かったけど、五龍転滅や黒棺を初めて見た時を超える衝撃を与えるようなものは、少なくとも自力で収集したものの中には無かった。多分ここから先数十年に渡る鬼道収集の旅はそのほとんどが無駄足になるだろうし、その過程で集めた鬼道に関してもそれは同じだ。
(遅っせえないつまで待たせんだ…………)
今の時点で見え透いているこの先の確認作業のために自分の人生の今後を使うのはさすがに御免で、どうしようかな、実家に戻って一旦家業を継ぐのも手かなと考え始めて二年近く経った頃にたまたま出会った流しの鬼道師に教わったのがここだった。─────都市伝説か古代兵器を誤認解釈したものとしか思えない全ての鬼道を超える禁術中の禁術、『秘匿鬼祇術』がここにはあ、
〝ゴファッ〟
ふいに私が乗って来たエレベーターが開いて、和装姿の男性が中から現れた。
「いやぁ~、おまたおまた、お待たですゥ~」
ここに来る前に地上で押したインターホンに応対した声だった。
「すみませんねぇ~、誰か来るなんて久々なもんですから、用意に手間取っちゃってぇ」
「とんでもありません、大丈夫です」
めちゃくちゃに禿げ上がった頭部に似つかわしくない、若々しく軽妙な物腰が
物凄く不安にさせた。
「大変だったでしょう、こんな辺ぴな所。イオンバスも来るや来ないやで」
「いえいえ、時間を見て合わせて来ましたから」
「あぁそう」
「はい」
「狙い澄まして?」
「狙い………そうですね、はい」
「バスをバスっと?」
「…………………?」
「狙い澄ましてぇ~?笑」
「…………………」
ヤバい
「………………ねぇ?笑」
え……………え、
だめなタイプの人じゃん
にちゃにちゃと笑っている男の体からは物凄く強い石鹸の香りがした。─────多分インターホンで会話した後、ひとっ風呂浴びている
何故?
何のために?
「でもバスを降りた後はあの長い距離を」
「…………………」
「長々と歩いて来たわけですよねぇ?笑」「つまり徒歩でトホホ」
「あの、」
「はいー笑」
「それで鬼道の方なんですけど」
「ああはいはい笑」
不意にニヤニヤ笑いを消した男が眼鏡を直す。
「それなんだけどね、ここの事って」
「はい」
「誰に聞いたの?」
…………………
…………………ん?
「いえ、あの、こちらの。」
「こちらの?」
「職員の方に」
「職員」
「はい、三浦さんという。鬼道師の、中年ぐらいの男性の。」
「うん」
「ちょっと、何ですかね白髪混じりと言うか」
男は顎に手を当てて頭を捻り、何事か考え込んでいる。
「あのね、」
「はい」
「うち〝職員〟いないの」
「へ………?」
「私一人なんですよ、この施設守ってるの」
おいおいおい
おいおいおいおい
「え、じゃあ私が出会った人って」
「分からない。三浦って名前も聞いたことない」
「は!?」
何それ怖ぇ話………
「……………え?……………え?笑」
「ね?変だよねぇ」
「え、じゃあここって」
「いや、合ってます。他のどこでも習得出来ない鬼道をお授けする、それは間違いありません」
なんだ良かった
「でも毎回お客が来る経路が謎なんだよなぁ…………」
「はぁ」
「ある時はあなたと同じように〝誰かに教えられた〟って言う人もいれば、ある時は〝倒した野伏せりの懐に地図が入っていた〟って言う人もいたり、またある人は〝購入した古の中古メモリーディスクの中に詳細が入っていた〟って言ったり……………」
そんな中古カセットガチャみたいな
「そんな中古カセットガチャみたいな、ねぇ笑 でまたある人は〝たまたま仕事で一緒になった宮仕えの鬼道師が〟」
「そんなにたくさん来てるんですか」
「え?」
「〝秘匿鬼祇術〟ですよね、こちらでご教授いただけるのって」
「はい、ええ正に」
「それをそんなに多人数に…………?」
五龍転滅や黒棺を超えるであろう禁術を
ちょっと軽率過ぎやしないか
「いえ、それが」
「はい」
「誰も会得出来てないんです」
「えぇ?」
「20人ちょっとぐらいかなぁ~僕が襲名してから」
「その間、誰も習得出来ていないんです、こちらの〝秘匿鬼祇術〟」