
異変に気付いたのは、「混絡がっても仕様が無い」の唱え出しの部分でだった。
体が、、、、明らかに……………
「鬼道丸さん、私…………今、」
「うううううん、、、、う、う、う、」
「浮いてる………」
「浮いてる………」
一節目の〝ビビデバビデ〟×2を終えた後の「Yeah~♪」の部分で〝ひび〟が赤火砲を受け止めた時と同じぐらいの大きさに勢い良く拡張された後、「混絡がって……」と唱えた私の体は明らかに宙に浮き始めていた。───────高さにして、大体床から10~20cm程の所…………続きを唱えると多分、もっと、、、、、、
初めての体験に明確な恐怖を覚えた私は
「一旦止めよう」
と返して貰える事を期待して
「き、きき鬼道丸さん………」
と訴えかけたが、鬼道丸さんの返答は
「いや、そのまま続けよう」
だった。
拳を〝チャリで来た〟の位置まで持ってきて固定したまま、勢い良くまくし立てる。
「大丈夫、そのままいこう。」「信じるんだ、〝鬼道〟と〝鬼道を作った過去の術者〟を。」「〝こんな鬼道を作り上げてしまう程鬼道に傾倒した誰か〟を。」
………………………!!!?
「集中するんだ!〝この瞬間〟に!後になって後悔しないように!」「初めての秘術起動の瞬間に全力で集中しろ!」
………………………こいつ、
「鬼道は〝愛〟だ!」「忘れるな!〝愛〟だぞ!!」
………………………〝衝〟の一発も撃てないクセしやがってぇぇ………!!
二回り以上も歳の離れた大人に面と向かってそう言われた私は何か抗えないものを感じ、渋々続きを詠唱する事にした。
え、えーと…………………フゥ
〝混絡がっても〟からか…………………ハァ
クソッタレ、、、、、、、もうどうにでもなれ………!
「混絡がっても仕様が無い」とヤケクソ気味に唱えた私の体は案の定浮き続け、足と床の間は成人男性の身長ぐらいの距離に達した。───────「おぉ~、」「やっぱ上手いな歌」と呑気に宣った鬼道丸さんをぶっ飛ばしてやりたい気持ちを抑えつつ、続け様に「ガラスシューズで踊るTONIGHT♪」と唱えるとその直後に、節に裏打ちするようなタイミングで突如私の後ろで〝バンッ〟〝バンッ〟とけたたましい破裂音が鳴り響いた。
見下ろすとやっぱり私の後ろを、口を開け呆然と見遣っていた鬼道丸さんの視線をなぞるように私も後ろを見ると、そこには胸の前にあるものと同様にして同サイズの〝ひび〟が二つ形成されていた。───────一つは左肩の上方にして後方に、もう一つは〝逆瓶子〟を作った右手の肘の延長線上に、形成されていた。
「鬼道丸さん、これ、、、、」「これは、、、、、、」
自分の身の安全より〝秘匿鬼祇術〟が周囲に及ぼす被害が心配になって呼びかけた私に鬼道丸さんは、
「行け…….!!!!」
と何だか格好いい風の含みを持たせて発破をかけた。
「でもこれ、、、、」「演舞場、最悪崩れますよ」
「大丈夫、心配しなくていい」
「いや、いくら〝Void-Carbonate〟製の天井と壁でも!!」
そう、〝秘匿鬼祇術〟はこの世のありとあらゆる物質を呑み込んで消し去ってしまう。
「いいんだ、何とでもなる」
「いや、なんないでしょ!地下なんだから崩れたら出られなく…」
「いーから!!」
私の胸の前と後方二つ、計三つの巨大な〝ひび〟がゴウゴウと音を立て霊子を呑み込んでいる。
胸の前にある〝ひび〟が邪魔で、鬼道丸さんの姿はよく見えない───────まるで割れた鏡に映る虚像と喋ってるみたいだ。
「それは僕に任せておけばいい」「君は〝秘匿鬼祇術〟を最後まで唱えきって、完成させるんだ」
「あらァ~、やっぱり、、、、、」
「大丈夫、〝愛〟を持って〝信じて〟やれば、悪いようには絶対にならない、」「僕が約束するよ」
「イイ男じゃなァ~ぃ………………//////」
何の根拠もない話だけど、演舞場主が言うんだから遠慮する理由もなかった。鬼道丸さんがもしもの時にどうする気なのかは知らないけど、私はここが地下何メートルだったとしても鬼道を駆使して何とでも地上に出られる………………
いやイイ男ではないだろ、絶対に。
「じゃあやりますよ!本当に!」
「あぁやってくれ!」
二週目の「BIBBIDI BOBBIDI♪」の二セットを唱える間、前後計三つの〝ひび〟の裂け目部分が、今度は内側から仄青く光を放ち始めた。──────詠唱が進むと共に〝ヴーン…〟〝ヴーン……!〟〝ヴーン………!!〟と唸りを上げさらに強く発光していく。
破裂しそうな程強く光を放つ〝ひび〟は、二回目の「Yeah~♪」に追従するように、やはり裏打ちするタイミングで〝バンッ〟〝バンッ〟〝バンッ〟と私の周囲に追加で三つ形成された。──────一瞬あって、「こりゃ強ぇ強くねーの次元じゃねーぞ……..」と呟く鬼道丸さんの声が聞こえた。
〝強ぇ強くねーの次元じゃねー〟…………………どうだろう。確かに〝何でも確実に破壊してしまえる空間〟をここまで矢継ぎ早に展開していくのは傍目には脅威なのかも知れない…………………けど、〝射程が短い〟とか〝取り回しが利かない〟問題は解決したとは言えない。自分の身の周りにだけこうバンバン展開していくだけじゃあ。追加で現れた〝浮く〟効果の意味も今は分からない。まあ〝火球を撃つ〟とか〝電撃をレーザービーム状に放つ〟とかで十分成立するところを〝絶対破壊領域の連続展開〟×〝浮遊〟で複合的に併せ持ってるのはさすが〝秘匿鬼祇術〟といったところだけど、それにも実際何の意味があるのか……………なんかとことん〝映え〟に特化してる気がするんだよなぁこの術笑 作った人がそういう性格の人だったのかな笑 まぁまだまだ色々隠されてる部分がありそうだし、解明のし甲斐もありそう。それまで地下施設に留まるのも悪くないかな……………ハハ………………
などと考えながら唱えた「今夜に明日など無い♪」の「無い♪」の部分に被せるように〝バ、バン!!〟と〝ひび〟が追加で二つ景気よく追加された時、例の男の声が何やら慌てた様子で話しかけてきた。
「バッカあんた!」「バッカほんとバカ!」「やめな、やめなさいよ」「あんたってかあんた達、ほんとバカよ!」
「……………何、」「何なんだよさっきから」
「考えたら分かる、てか」「見れば分かるじゃない」「大変なことになるよ、それ以上やったら」「最悪どっちも死んじゃうじゃない、どう見ても」
「っせぇな、人が神経使いながら一生懸命やってる時に」
声の正体に関しては、実は少し前から見当が付いていた。
「お前、奴隷君だろ?」
「……………は!?」「奴隷……………?」「………………難しいこと言うね、アンタ」「まぁ奴隷とも言えなくはないわ、アタシのザマは。」「と言うか存在は。」「と言うかこの一生は。」
「フゥーーーーーーー…………」
「でもね、」「………………誰だって、そうじゃない?」「人は誰しも自分で作った檻の中に自分を閉じ込めたままに生きるのよ」「人は皆囚人よ、アンタもアタシも、どんなに恵まれたように見える富裕層や上級国民とかだって」
「いいか、」「今は邪魔をするな。」
「…………なん、何よ」
「未見の秘術をどうやって探知したのか分からないけど、今襲って来ないなら横からゴチャゴチャ言ってくんな」「今は大事な時なんだ、あたしと師匠の」「人生で一番の」
……………は笑
誰?師匠って笑
「いいな、邪魔をするな」「引っ込んでろ」
「いや、そうじゃなくて」「シンプルに危ないから言ってる」
「引っ込んでろ!!」
「………………あっそ。」「知らないから。言ったからね、アタシは」
そう言ったきり奴隷君(仮)の声は聞こえなくなった。
でも多分、公営鬼道師達は今から大挙してここに押し寄せて来る。全く、知りもしないし見た事もない鬼道をどうやったら探知出来るのか………………群れなきゃ何も出来ない奴らだけど、国中の鬼道師全ての動きを嗅ぎ付けるその探知能力にだけは敬服する。一度捕まってでもご教授願うか…………
逃げなきゃな、これが終わったら、鬼道丸さんも連れて一緒に。
「ぉーい……………」
多分既に何度か呼びかけていた、鬼道丸さんの不安げな声が聞こえた。
「大丈夫そ…………?」
固定された術式の〝ビュービュー〟〝ヴンヴン〟いう音のせいでよく聞こえないけど、確かに私を心配している。
「すみません、大丈夫です」
「あぁ、良かった」「何かあった?」
「いえ、大丈夫です」「続き、いきます」
「あぁそう」「いけそう?」
「いけます!!」
「そうか、」「じゃ、じゃあ…………」「じゃあいけ!!」
興奮の余りか感動の余りか分からないけど、鬼道丸さんは涙声だった。
「ハイ!!!!」
感動の余りかつられてかは分からないけど、私も涙声だった。
「ならば自由に踊った者勝ち」で一つ、「でしょう♪」で二つの計三つ。やはりそれぞれのフレーズを裏打ちするように増え計十一に達した青く光り輝く〝ひび〟は全文を詠唱し終えても中空に固定されたままだった。──────その様は、ただただ圧巻。〝ビュービュー〟〝ゴウゴウ〟と風を呑み込み〝ヴーン………〟と唸ったまま青く明滅を繰り返している。
初めての術式成功が名残惜しくて〝ひび〟を解除出来ないまま眺めていると、やはりそのいくつかが天井や床に〝ひび〟の先端をめり込ませていた。心配した程被害は大きくはなさそうだけど、それでも術式を解除するとそこはその形にしっかりと抉れてしまっているだろう。
鬼道丸さんが静かなのでそーっと見遣ると案の定眼鏡を軽く上げて涙を拭っているところだった。──────考えてみると大人の男性がさめざめと泣くのを見るのは人生で初めてかも知れない。幾重にも張り巡らされた〝ひび〟に阻まれてよくは見えないけど……………まぁそっちの方が良かった気もする。
いつまでも空中に固定されたままでいるのもバツが悪いので「一回解きますよ、いいですかー?」と訊いても、鬼道丸さんは返事をしなかった。
泣き過ぎだっつーの、やれやれ笑 と思いながら術式を解除すると空間を構成していた、それはもう物凄い量の〝ピース〟が降り注いで来た。──────〝バラバラ〟〝ガシャン〟という音が重なり過ぎて〝ザーーー〟と豪雨が降りしきるような大騒音がしばらく続いた。
降りしきる〝ピース〟は見た感じ完全なガラスだったけど、手を広げて全身で受け止めた。すこぶる気持ちが良かった。子供の頃、初めての豪雨の中を大人に怒られながら遊び回った記憶が思い起こされた。
全部の〝ピース〟が降り注いで消えた後、そこに鬼道丸さんの姿は無かった。また飲み物か、と思って〝ドリンクバー〟を見ても、エレベーターの方を見ても、広大で真っ白な〝鬼道演舞場〟をぐるりと見回しても、鬼道丸さんはいなかった。事態を呑み込みたくなくて状況が理解出来なくてエレベーターを使って地上に上がっても、その手前にあった私用エリアを隅々まで探しても、その途中で見つけた鬼道丸さんの自室を荒らしても、鬼道丸さんはどこにもいなかった。
掴趾追雀を使う気にはなれなかった。
曲光を使ってどこかに潜んでいる可能性に賭けたかったから。
〝鬼道丸さんは鬼道を使う事が出来ない〟とか、
今そういう話はしていない。
本当に、今そういう話はしていない。