
「いやいやいやいや……………え?」
鬼道は、当たり前の話基礎を押さえている者が詠唱文さえ覚えてしまえば後は訓練次第で何とでも体得出来る。─────五龍転滅や黒棺みたいな大型の秘術でさえ。本人の素質によって威力の大・小は生まれても習得出来ない、つまり発動自体が出来ない、という事は基本的に無い。あるとすれば余程素質のないタイプか鬼道の基礎すら押さえていない完全な素人タイプか…………
「その、ここに来た20人程の方達ってどういう………?」
「皆凄腕でしたよォー、あなたと同じぐらい。」
えぇ
増々分からない
「凄いものねぇ、あなた明らかに」
「何か特殊な条件をクリアしなければ習得出来ないとか」
「も、ない。知る限りは」
凄い
なんか、
なんか、
燃えてきたかも……………!!!!
「あの、、、」
「はい?」
「お名前、、、」
「あ、これはこれは、申し遅れました。」
「わたくし、第89代”東威西伐防人堂不可智輪恵“鬼道丸と申します」
………………ん?
「ヨロシクお願いします^^」
………………何、鬼道?
………………何?何か難しい
「………………鬼道丸、さん?」
「はい、鬼道丸と申します」
「ヨロシクお願いします………」
「ヨロシクお願いします^^」
「そろそろよろしいですか、鬼道の方……」
「えぇえぇ、もちろんです」「じゃあちょっと定位置の方に……」「移動しますね……」
………………………
………………………
………………………あぁ、なんか
どうしよう
なんか急に
ドキドキする。
『秘匿鬼祇術』って、
あの人はさっき確かに言った。
先に来た〝20人とちょっと〟は無理だったみたいだけど、もし私に習得出来たらそれは
確実に私の人生最高の瞬間の一つになる……………
あぁもう、
あぁもう、
めっちゃドキドキする……………///////
「よろしいですかぁ~」
10m程離れた場所に移動した鬼道丸さんが足を肩幅に開いてこちらに声をかける。
「はい、、、、、」
あぁもう、
めっちゃ…………///////
「よろしくお願い、、、、、」「します、、、、、」
一瞬あって
「はぁい、」
と応えると共に鬼道丸さんは「押忍」の構えのまま右足で地面をタップし始め、次に両腕を胸の前方で交差させつつ二本の人差し指で同時に右前・左前と交互に指差す不思議な動作をしながらこう続けた。
「びびでツばびでツぶ~わツっ♪びびでツばびでツぶ~わツっ♪」
準備運動か発声練習か何かを始めたのかなと為す術なく眺めていると鬼道丸さんは左手を腰に当て顔の横で天使の輪みたいなのをくるくると作る動作をし、その格好のまましばらく停止しじっとこちらを見つめた。
(何。)(何の目くばせだよ)
「ひぇぇえぃ~♪」
とびっくりするような裏声で嘶いた後鬼道丸さんはまたこちらをチラチラと見遣ってしばらく止まってから
「ツこんがらがツてもしょうもないツっ♪」
と内股で前後にリズミカルに移動しつつ両手指を開き、〝びっくり〟の表情で固定した顔の横で二つ同時にドリルのようにギュルギュルと回転させるという(それはもう本当の本当に見るに堪えない)動きを〝キュッ〟〝キュッ〟と足を鳴らしながら繰り返しつつ
「ガラツシューツでツオン…………」
と言いかけて全ての動きを止め、私に向かってあの、と話しかけた。
「………………?」「はい?」
膝に手を突きはぁはぁ、と肩で息をしている。
「一応詠唱なので、追詠唱とか」
「はい…………」
「してもらって」
内股で前後に移動する動きの時にやたらと耳に付いた〝キュッ〟〝キュッ〟という音が気になって鬼道丸さんの足元を見ると、その足にはクロックスが履かれていた。─────「和装にクロックス………?」と思い全身をよく見てみると和装だと思っていたそれは甚平だった。
『甚平』……………そうそれは、寝苦しい夜を快適に過ごすイケてる男の必須アイテム、、、、、用途の幅も広く、ちょっとしたお出かけから軽い運動、デート、夏祭り、犬の散歩に、買い出し、荷物の受け取り対応、夏祭り……………デート。夏祭りデート。………………あとは鬼道の詠唱時にも。軽くしなやかで両手両足を束縛しない短尺の作りが詠唱時…………………………にも、、、、、、、
………………………
………………………
………………………詠唱?詠唱!?今のが!?内股でキュッキュやりながらきんもい顔できんもい動作してた今のが!?『秘匿鬼祇術』の!?詠唱!?五龍転滅や黒棺を超えるであろう伝説の秘術・禁術の!?詠唱!?詠唱ーーーーーーーーーー!!!!?
「いや!?」
「いやいやいやいや」
「違うでしょう」
はぁ、はぁ、とまだ両手を膝に突いている鬼道丸さんに、私はまくしたてた。
「いやいやいやいや」
「絶対、」
「違いますよね…………!?」
ふざけてるんだと思いたかった。最初の下らないダジャレと同じ感じで、要らないところで要らない気を回して下らないおフザケをかましたんだと思いたかった。
「いやいやいや、まぁ」「皆さんそういう反応なんで」「今更あれですけど………」
嘘じゃん、嘘嘘嘘………
「先に言っていなかった、私もちょっとあれですけど」
息も絶え絶えにゆっくり喋る鬼道丸さんを………………改め、いい歳してクロックスに甚平を合わせた精神年齢の低いハゲのおっさんを余所に、私は頭を必死に回転させた。
あれは、
あんなのは、
あんなのが鬼道のわけがない…………
鬼道の発動には〝詠唱〟と〝型〟の二つを同時に行う事が必須だけど、〝詠唱〟には、古代語であったとしても一応意味の通った言語がベースとして用いられる。それと同時に動作する〝型〟も必要だけどそれはあくまで胸の前で両手を合わせて溜めた後開放するとか、人差し指を対象に向けて突き出すとかその程度のもので、あんなバタバタとした「舞い」みたいな〝型〟は見た事も聞いた事もない……………て言うかあり得ない。鬼道はああいうのじゃない、鬼道はあんなのじゃ……………
「あの、」「じゃあもう一回、やるので」「追詠唱、」「はぁ、」
「ちょちょちょちょ、一旦」
もう一度同じ流れに入ろうとした空気の読めない鬼道丸さんを制し、私は一先ず事態の把握を優先することにした。
「あの、先にいくつか質問、よろしいですか」
努めて冷静に尋ねた私に鬼道丸さんはやれやれホラ来たよ、といった様子で
「どうぞ」
とだけ言ってその場にどすん、と腰を下ろした。
詳細と結末、そして鬼道丸の正体を察して既にブチギレていた私はやはり冷静に、努めて冷静に切り出した。
「あの、」「鬼道ではないですよね、」「今のは」
「…………いえいえ、確かに特異ですけどれっきとした当方でお教え出来る〝秘匿鬼祇術〟の詠唱過程で」
そうだ、一つずつ論破……………て言うかはっきりさせていけばいいんだ
「どこで変化させるんですか、霊子構造」
「はい?」
「霊子構造です。空気中の霊子を術に変換させるためには詠唱しつつの〝溜め〟の動作が必ず必要ですけど、あんなバタバタとした動きのどこでそれが叶いますか」
「いやいや、それはやはり〝秘匿鬼祇術〟ですから、他の鬼道とは一線を画す………」
「術式に霊力を練り込むのも無理ですね。やはり同様に〝溜め〟が必要ですから。あんな顔の横で両手でガチャガチャやりながらバタバタしてたら霊力は寧ろ空気中に逃げますよ」
「いやですから、それはやはり〝秘匿鬼祇術〟ですから全てが例外………」
「〝秘匿鬼祇術〟とは言ってもベースが鬼道である以上構造は同じである筈です。〝❶詠唱しつつ霊子構造を変化させ霊力も込めていく〟→〝❷放つ〟以外に鬼道は作り様がありません」
「いやいやでも、あるじゃないですかあのー………何だっけ、詠唱無しで急に撃つやつ」
「〝詠唱破棄〟は〝❶詠唱しつつ霊子構造を変化させ霊力も込めていく〟過程を頭の中で一瞬にして精密に行える程熟練度を極めた者だけが使える手ですが、〝❶唱えつつ練り上げる〟過程を本当の意味で破棄している、つまり必要としていないわけではありません。❶の過程が術者の頭の中で一瞬にして確実に済まされ❷の〝放つ〟に繋がっている、というだけの話です」
男は呆気にとられたような顔で
「へぇ、勉強になる…………」
とだけ呟いた。
「大体、何て仰ってました?」
「え、、、、〝勉強になる〟って………」
「詠唱文です。〝びびでつばびでつ〟みたいな、あの」
「あ、あぁ………」
男は中腰に立ち上がって、
「立ちます?」
と尋ねた。
「いえ、結構です。文言だけ」
「び、〝びびでツばびでツぶ~わツっ♪びびでツばびでツぶ~わツっ♪〟…………です」
やっぱり頭ったまおかしいよ、何回聴いても。
「ないでしょう、鬼道にそんな詠唱文」
「い、いやそこはやっぱり〝秘匿鬼祇術〟だから特殊な」
「ないです」
「で、で、でもでも」
「鬼道の詠唱文というのは先人が思想や念、願いを込めて一文一文したためる事で出来上がったものなんです。何ですか〝びびでツばびでツ〟って。それのどこに思想や念がありますか」
「そこはやっぱり〝秘匿鬼祇術〟」
「いいですか、鬼道とはこうです」
と前置きし左掌を前に向けて突き出し右手をその手首に上側から添え、私は詠唱に入った。
「君臨者よ 血肉の仮面・万象・羽搏き・ヒトの名を冠す者よ」
「!?」
「焦熱と争乱 海隔て逆巻き」
「いや、知ってる知ってる、さすがに知ってる」
「南へと歩を進めよ」
「知ってます。…………えぇと、あの、あれ。」
「破道の三十一!!」
「何だっけ、あの〝灼熱………〟みたいな、あの」
「赤火砲!!!!」
〝バフッ〟
「熱ぁっっヅぅ!!!!!」
〝詠唱破棄〟レベルに霊力を下げた赤火砲を男の鼻先三寸の位置で破裂させた。
ワザとだ。
「熱ぁっづゥ………」
「これです」
「熱ぅ………」
「これが鬼道です」
「熱ゅうぃ………」
「詠唱を構成する文言には意味があり、〝溜め〟の動作で霊力が練られ霊子がつつがなく術に変換され、結果発動しました。これが鬼道です」
「前髪焦げた………」
「無いでしょう、最初から前髪は」
「……………………」
やっぱり。
今の一連のやり取りから疑念が確信に変わった。
「鬼道丸さん」
「……………はぃ」
「あなた、鬼道出来ないでしょう」
「……………はぃ」「……………は!?」
拗ね気味に下を向き、頭頂部の前髪をイジっていた男は跳ね上がってこちらを見た。
「いやいやいやそれは一体どうしてどういう…………」
「さっきから鬼道の専門知識、何も知らないじゃないですか。専門用語も〝秘匿鬼祇術〟しか言わないし」
「それはあなたが全部理詰めで詰めてくるから、、、、、焦って」
「さっき〝びびでつばびでつ〟やってる時もあなたの周りで霊子の流れも霊圧の変化も、何も起きていませんでしたよ。おかしいじゃないですか」
「いやいやいやいや……………〝フリ〟ですよ、まずは」
「〝フリ〟?」
「えぇ」
「〝フリ〟って?」
「まずは詠唱部分の〝フリ〟だけ覚えて貰おうって思って、それで」
もう完全に我慢の限界だった。
「ねぇーから!!鬼道に〝フリ〟とか!!」
「ヒッ!?」
さすが〝Void-Carbonate〟製の部屋。叫んでも音が吸収されて何も響きやしない。
「そういうんじゃないの!!鬼道は」
「あー…………」
「もっと神聖で厳かなものなの!ないから!〝フリ〟とか!」
「びっくりした…………」
「あんた失礼過ぎるよ!〝20人来た〟って言ったじゃん」
「………えぇはい、言いました」
「あたしと同クラスに頑張ってる鬼道師20人以上にさっきのアレ見せたのか!?」
「まぁ、そうですね」
「失礼過ぎるよ…………!!敬意が感じられない、あんたからは、鬼道に対する」
「何人かは覚えて帰って下さいました」
「は!?」
頭から血の気が引いた。
「何人かはここで実際に踊って、〝フリ〟と〝歌詞〟を覚えた上で、帰って行きました」
「てンめこの野郎…………」
「まあほとんどは、あなたと同じように憤慨してすぐ出て行きましたけど笑」
怒鳴られた事で寧ろ居直ったのか、男は少し余裕を取り戻している。
私も言いたい事は言ったので核心部分だけを確かめて帰る事にした。
「発動しないんだろ?」
「はい?」
「言ってみて、あなたの言うここで覚えられる〝秘匿鬼祇術〟の具体的な発動内容。何が起こるの?火が点くの?風が吹くの?地面が割れるの?術が成立した結果起こる具体的な効果を言ってみてよ」
男は飄々と告げた。
「知りません」「………………あ、」
「何も起こりませんよ?さっきお見せした詠唱を完遂しても」