
「二千、二十年頃…………?」
「はぃ…………」
「………………の?何?インター?」
「〝インターネット・ミュージック〟です」
「Inter…………ネッツ?」
「ネットです」
「あぁ、ネット。」
男は聞き慣れない言葉に困惑しているようだった。
「あの、まず〝2020年〟っていうのは、」
「はい」
「〝西暦〟のことですか」
「はい、そうです」
「お詳しいんですか?〝西暦〟」「と言うか〝古代史〟」
得体の知れない陰謀論者みたいな男に素性を明かすのは抵抗があったけれど、謎過ぎる状況に知的好奇心が抑えられなかった。
「私、実家が〝帝政文化博物館〟なんです」
「おお、」「あの?」
「えぇ、聖都にある、あの」
「めちゃくちゃ御令嬢じゃないですか」
「まあ……」「それで子供の頃から親保有の正史保管庫を見漁る習慣があったんですけど、」「そこにありました、さっきの〝びびでつばびでつ〟の基になっている曲が」
「ははぁー、、、」
「西暦2020年頃、インターネット上でのみ活動していた歌い手の代表曲です」「正しくは〝びびでつばびでつ〟ではなくて…………」
「ちょちょちょ、いいですか?もう一つ」
「はい」
「そのぅ、Inter…………」
「ネット」
「ネッツ?」
「ネットです」
「ネット。インタァーネットか。」「……………ていうのは、何?」
「昔は公営羅波の事をそう呼んだんです」「今よりずっと小規模で、使い勝手も悪いものだったみたいですけど」
「そうなんだ?」「ど、どんな風に?」
「昔はいちいち端末を介さないと観れない仕組みだったようで、みんなそれを持ち歩いたり家にでかでかと置いたりしていたみたいです」「今ってほら。いらないじゃないですか、そういうの」
「え、モノが必要ってこと?」
「はい」
「公営見るのに?いちいち?」「そりゃ不便だわ」
「はい」
「へぇー………」「博識だねぇ、」「あなた本当に」
「いや、それより」「〝びびでつばびでつ〟の方なんですけど」
「えぇ、えぇ」
「正しくは〝BIBBIDI BOBBIDI〟なんです」
「ん?」
「〝びびでつばびでつ〟ではなく〝BIBBIDI BOBBIDI〟なんです」
「うんうん」
「〝ぶーわつ〟は〝BOOWA〟で、全部合わせると〝BIBBIDI BOBBIDI BOOWA〟になるんです」
「うん」
…………ダメだこりゃ
「あの、」
「うん?」
「分かってます?話」
「ううん、分かんない」
全然付いて来てない。
「いや、ですから。」「あなたが〝秘匿鬼祇術〟の詠唱文だと主張している〝歌詞〟は古代の歌が基になっているんです」「もしそれが本当に〝秘匿鬼祇術〟であるならその歌の歌詞が長い歴史の中で歪んで伝わってしまった可能性があります」「正しい歌詞を参考に術式を完成させればあるいは…………」
「ハイ!!!!」
男がバッと手を挙げた。
「……………はい」
「先生先生!!!!」「ハイ!!!!」
「なんですか」
「鬼道の詠唱文って、そんな簡単に歪みますか?」
………………おぉ。
これはなかなかいい質問。
「そのなんとかいう歌い手がインツァー・ネッツ上で活躍したのだってせいぜい数千年前の話でしょう?」
「えぇ」
「数千年で歪められる程鬼道は軟じゃありませんよ」
うん。
「衝や蒼火墜なんて数十万年前の文献に既に出てきています。鬼道師という生き物は根性ありますからね、そんな簡単に鬼道の詠唱文を間違えて後世に伝えるなんてありませんよ」「ちなみに私も〝秘匿鬼祇術〟の術式、一つも間違って伝えてませんから」「先代に習ったそのまんまの形です」
「いえ、まあ、それなんですが」
「ハイ!!!!」
「その〝基になってる曲〟を歌った歌手には〝犬猿の仲の同業者〟がいたんですよ」
「〝犬猿〟…………?」
「えーっと………………何と言うか上杉謙信と武田信玄みたいな」
「上杉……………?」
「えーっとじゃあ………………アメリカとロシアみたいな」
「アメ……………」
何だったら知ってるんだこいつは
「……………ちゃん笑」
「じゃああれです」
「うん笑」
「悟空とベジータみたいな」
「あぁ!!」「はいはい」
「〝仲が悪い〟とか〝ライバル関係〟ってこと?」
「えぇ、まあそうです」
「最初からそう言えばいいのに」
うん、それはそうだ。
「面白いよねぇドラゴンボール。いつまで経っても」「来週いよいよ超サイヤ人69が」
「その〝仲が悪い人〟が」
「はい」
「この曲の成功を妬んで度々茶化すように改変して歌い、それを意図的に拡散していたようなんですよ」
「茶化して」
「えぇ。それがあなたが詠唱文として読み上げていたあの〝びびでつばびでつ〟です」
「はぁー…………」「じゃあ、何?」「〝茶化される前〟の形で塩梅すれば発動するってこと?」「〝秘匿鬼祇術〟が」
「えぇ、まあ、はい」「可能性として」
男は頭の後ろをガリガリと掻いて首をぐるりと回した。
「ちょーっと何か笑」「拡大解釈と言うか笑」「色々繋げ過ぎなんじゃないのォー?笑」「頭良いからって」「頭良い人ってすゥーぐ色んな話を繋げて大袈裟にしちゃうから笑」
は笑
「鬼道ですよ、鬼道ォー」「それも秘術中の秘術、〝秘匿鬼祇術〟」「それを大昔の、それもポップジャンルの歌い手が歌ってた歌を基になんて作りますかねぇー笑」
疑う側が逆転してて、死ぬ笑
「まぁ、それも分かりますけど」
「えぇ笑」
「そうは言っても、何か思いませんか?何度も〝びびでつ〟〝ばびでつ〟〝ぶーわつ〟って繰り返し唱えていて」
「何が?」
「あなたが長い間繰り返し教えてきた〝詠唱文〟ですよ、さぁほら唱えて」「〝びびでつ〟?」
「え、え」「び、びびでツばびでツぶ~わツっ♪びびでツばびでツぶ~わツっ♪」
「はいもっとぉ?」
「びびでツばびでツぶ~わツっ♪びびでツばびでツぶ~わツっ♪」
「はい〝ツ〟抜いてぇー?」
「え?」
「その詠唱文から〝ツ〟だけ抜いてもう一度~?」
「え、えーっとぉ」「びびで、ばびで、ぶーわ……?」
「ハイもっとリズミカルにィー?」
「びびで♪ばびで♪ぶーわ♪」
「はい♪」
「ビビデ♪バビデ♪ブ………あっ」
「そう!」
「ビ、ビ、ビ、ビ、ビ」「ビビデ・バビデ・ブ、ブ、ブ、ブ、ブ、」「ブゥじゃん!!!」「ヘァッ!!!!(感嘆」
「そう!昔話に出てくる魔法の呪文なんですよ」
「こんなところで、」「繋がるなんて………!!」
「私が言っている曲も元ネタがそこなんですよ」
「あ、そういうことかぁ」
「ちなみになんですけど、」
「はい」
「〝オマケ〟って仰ってたじゃないですか」
「えぇ」
「見せて貰えたりって…………」
「あ、見たい?」
「えぇ、是非」
「いいですとも」「じゃあちょっと定位置の方に……」「移動しますね……」
片手で〝ごめんごめん〟とやりながら移動しつつふいに振り向く。
「ちなみに、〝フリ〟はどうします?」
「あ、結構です。詠唱の文言だけで」
この人の言う〝フリ〟に恐らく意味はない。〝歌詞〟の方は過去の文化との符合が見つかった事でちょっとだけ真実味が出てきたけど、あの不思議な〝フリ〟は恐らく本当に無意味で、それこそ長い歴史に揉まれるうちに誰かが面白半分に付け足すか何かしたものだ。──────第一本当に無理、あれで鬼道を発動させるのは。霊力の〝込め〟はまだ出来るかも知れないけど霊子を術に変換させるのがどのパートの動きを以てしても絶対に不可能。
「ざんねェーんww」「〝オマケ〟の術式に〝フリ〟はありませェーんwww」「引っ掛かったァーwww」
「いいから、もう」
「はい………」
(うん、やっぱ無意味だよな、〝フリ〟は。きっと無くても関係ないんだ)
数メートル離れた場所で足をタップさせた後、拳を振り上げ男がまた大熱唱を始めた。
「ア゛ーぁ゛!!」「ア゛ーぁ゛!!」「びびっとばっとぶーとしてぇえ゛ーー♪」
「ハイ、OK!!!!」
ほら!!ほらほらほらほら!!
やっぱそォーなんだよ!!!!
パンパン、と頭の上で手を叩くと男は「ハイ!!!!」とまた景気よく返事をしてこちらに走り寄って来た。
「ワイ、」「ダンスの練習生ちゃいまんねん笑」
「やっぱり間違いありませんよ」「同じ歌い手です」
「何が?」
「その〝オマケ〟も同じ歌い手の持ち曲で、やはり〝犬猿の仲の人〟によって歪められて伝わっています」
「そうなの?」
「はい、確かに観た事があるんです、実家で」
『なにが〝びびでっばびでっぶーわ〟だよ』『〝びびっとばっとぶーとして〟みたいな同んなじようなやつ』『なぁ?』『よく分かんねぇよ!』『オサレ過ぎんだよォwww』
「みたいな感じで〝犬猿の仲の人〟が悪態を付いているのを観た事があるんです」
「ははぁ。なじってますね、結構強めに」
「えぇ、何分古いデータなので破損していて声も映像もバケモノみたいに歪んだものでしたけど、確かに観ました」
スゥーーーーーーーーーと、男は息を深く吸って尋ねた。
「それで、発動出来そうですか」「その過去に関する知識を使って〝秘匿鬼祇術〟は」