
「うーーーーっわ」「うわうわうわっ」「うわっ」「何です!?」「それ!?」
鬼道丸さんが歩み寄り〝ひび〟に顔を寄せる。
「わかりません…………」「が、成功です」
「本当に?」
「ええ、成功ですよ」「鬼道丸さん」
何も無い空間に入った〝ひび〟には絶えず霊子が流れ込み、軽い気流が起きていた。─────〝ゴオォ……〟と小さく唸りを上げている。
〝火〟でも〝雷〟でも〝地割れ〟でも〝重力〟でもない。
見た事も聞いた事もない、完全に新しい鬼道、
改め〝秘匿鬼祇術〟発現の瞬間だった。
「…………何だろう、ひび?」「裂け目に向かって、ちょっと風が吹いてる……………」「…………え、え、え」「く、くく空間移動とかwwww」
〝ひび〟に向かって手を伸ばした鬼道丸さんを制止する。
「危ないです」「何か他の物で試しましょう」
「じゃ、じゃ、じゃあ」
と言ってさっきドリンクバーから持って来た、今は空になったグラスを差し出す。
「いいんですか?」
「え、え、えぇ」
「じゃあ、」「押し当ててみて下さい」「軽く、ゆっくりとですよ」
鬼道丸さんによって恐る恐る差し出されたグラスは〝ひび〟の先端に触れるや否や〝ビキッ〟と音を立てて弾け飛んだ。
「うっわ!!!!」「ちょっと、、、」「ちょっと触れただけで………」
「〝断裂〟ですね」
「〝断裂〟?」
「えぇ、恐らく」
「え、それって〝ひび〟の中に入ったらどこか別の場所に…………ww」
「そうだとすれば破道ではなく縛道になりますが、〝軽く触れただけの物を著しく破壊する縛道〟はその時点で文脈が合いません」
「あぁ………なる程」
「さっきから裂け目の中心、霊子が流れ込んでるじゃないですか」
「霊子…………」「風?」
「えぇ、まあそうです」「さっきからそこ、何も無いんです」
「何も…………」「それは見れば分かりますよ」「何もないですよそりゃあ、空中ですから」
「いえ、本当にもっと、何も無いんです」
「……………ん?」
ハァ、どうしよ………………
「霊子というのは空気中を流動する時、絶えずそこにあるものを避けて通ります」
「はぁ…………」
「そこの、そこ…………」「フゥ……………」
「え、大丈夫ですか」
「え、えぇ、大丈夫」
言いながら、声が震えちゃう…………
「大丈夫」
「?」
「そこの〝ひび〟の周辺を通過するとき、霊子は全く何も避けず、直線かつ高速で〝ひび〟に流れ込んでいます」
「……………はぃ、」「つまりそこには何も」
「無い」「何も無いんです。」「粒子も空気も微生物も」「分子も電子も原子核も、何も……………」
ハァ、やっばいよどうしようこれ///////
「つまり、ハァ」
「大丈夫ですか」
「だ、大丈夫」「つまり、この裂け目は」「〝何物も存在する事が許されない空間〟」「なんです、ヒィ」
「………………ん?ん?」
「いやだからぁ、」「〝何物も存在し得ない空間〟ですよ!!」
鬼道丸さんは顎に手を当て釈然としない顔をしている。
「ごめんごめんごめんごめんごめん、」「ごめんなさいね?」
「何ですか」
マジで何だよ
「それ……………」「何が凄い?」
「はぁ?」
「え?〝秘匿鬼祇術〟だよねぇ?」「〝全ての鬼道の上を行く〟で有名な、あの」
「………………いや、」「いやいやいやいや」「そうですよ?」「そうです、明らかに上を行っています!」
「どこがぁ?」
「なん…………!!!?」
っだコイツ!!
「ショボいよぉ!こんなひび割れ一本ばかしィ!」
「なん、」「なんでだよぉ!」
信っじられない反応だった。こんな世紀の大発見(大発掘)を目の当たりにしてその価値が分からないなんて……………!
「ここ!」「こォこ!!」「分かる!?」
〝ひび割れ一本〟を指差したままその周りをぐるぐると周回させる。
「ここ!」「何にもないの!」「何にも存在出来ないの!」
アホみたいに口を半開きにして〝ひび〟(の多分向こう側)をボケっと眺めている鬼道丸に必死で訴えかける。
「聞いたってもォ………」
「そんな空間を瞬時に作ったの!私!今!」「敵のどてっ腹のど真ん中に作ってみ?」「スパァーっン」「っよ!一瞬で!」「内臓も肉も皮も骨も何もかも全部!!」
「………………うんこも?笑」
「確殺よ!」「初見だとまず見切れない」「詠唱も短いし、発動も早いし」
「白雷でも出来んじゃん」
「は!?」
「だからァ、」「同じ事白雷でも出来んじゃんって」「敵のどてっ腹に撃って真っ二つなんて」
……………は笑
やだやだやだやだ笑
これだから、素人は笑
聞きかじりの知識で通ぶっちゃって笑
「ないですけど笑」「白雷にそんな破壊力」
「あるあるあるある」「全然あるよ」
「ねぇーって」
「いやあるって」
「ちゃんと文献として残ってますから。」「最大級の達人で〝人体に風穴を開ける程の威力〟だって」「しかも詠唱破棄だと最大でも〝マグナム弾程度〟だって」
知らんけど、〝マグナム弾〟が何かは
「それは出力が弱いからじゃん」
「だから〝最大級の達人〟だって」
「弱いんだよ、その〝最大級の達人〟が」
こいッつ屁理屈を…………!!!!!!!
「俺だったら一発で肉片にしちゃうね、人体なんて笑」
………………………
………………………
………………………あーあぁ。
コロしちゃおっかな、コイツ。
お望み通り白雷で
ズタズタにしちゃおっかなぁ~…………^^
「……………………………」
「バキューンっよ」
「フゥーーーーーーーーー………………」
「オレ様の白雷なら笑」
「……………じゃあ」
「うん」
「いいですよ、それは」
「いいんだ笑」
「えぇ」「でも、〝発動の速さ〟はどうです?」
「〝発動〟?」
「えぇ、術式を唱えてから鬼道が起動するまでの速さですよ」
「っあ、、、」
「え、」「…………っあ、、、」
………………………
………………………
………………………
「プーーーーーッ」「クック……..」
「スゥーーーーーーーーー………………」
「…………いや笑」「まあそれは速いか、見た感じ笑」
「……………………………」
「白雷だったら〝構えて〟→〝撃つ〟だし、最悪軌道見て避けられるもんね笑」
………………そうだよ
「でもさぁ、それって動かせんの?」
まだ空中に変わらず居残っている〝ひび〟を指差す。
「は?」
「いや、だから」「弱いじゃない、そんな小さいのを手元で一つ作って浮かせてるだけじゃあ」「リーチが短過ぎると言うか」
「……………………………」
それは、確かにそう
「どうするの?毎回敵のすぐ側まで走って行って発動させるの?」
「確かに、それは……………」
「でしょ?」「前段階として〝瞬歩〟を入れる手もあるけど」
「…………いやそれだと」
「そう、」「それこそ白雷を遠方からそのまま撃った方が絶対速いよね」
うん、それは全くその通り。
「白雷だけじゃない、それこそ破道には蒼火墜とか雷吼炮とか、優秀な遠距離技がたくさん揃ってますから」「これ一個作って浮かせてるだけじゃあ、ちょっとねぇ」
………………的確だなぁ、なんか
「だから…………笑」「動かせんのかって笑」
「?」
「この鬼道の、」「軌道は…………笑」
「……………………………」
「ねぇ笑」
「……………やってみますよ」
〝ひび〟を中心としてもう一度〝逆瓶子〟を作り、霊力を送り込む。
「出来そう?」
「ちょっと待って………………」
発動時と同じ〝ベギッ〟という音がした後立て続けに〝ビキ〟〝ビキキキ〟と鳴って〝ひび〟が方々に向け拡張された。
「おー…………すげ」
「その場で、」
「うん」
「その場で拡がるタイプみたい、」「ですね…………」
「やっぱ弱いよねぇ」
「……………………………」
私も、そんな気がし始めていた。
鬼道は〝威力〟よりも〝発動の速さ〟、それ以上に〝射程〟が重要視される。詠唱文の読み上げの冒頭で早くも〝何物の存在をも許さない断裂〟を作り出したこれは〝威力〟〝発動の速さ〟では申し分ないかも知れないけどそれが自分の手元にあって、しかもそこから動かせないのではちょっと話にならない。─────相手が近くにいたとしても、鬼道発動の気配を察して(それこそ〝瞬歩〟で)逃げられたら終わりだ。
「防御型の術なんじゃないの?」
「縛道ってことですか?」
「いやいや、そうじゃなくて」「相手が何かしら鬼道を撃ってきたり、」「まあ白兵戦になって体ごと突っ込んで来たり、とかでもいいんだけど」「そういうこっちに向かって飛んで来る何かしらの軌道に配置しておけば………」
!!
「そうか、バラバラに…………」
「やってみようか」「何か投げるもの…………」
「いえ、どうせですから自分の鬼道をぶつけてみます」
「そうする?」
「えぇ、でもその前にちょっと」「これを拡張しておきます、さらに」
鬼道を受け易くなるようにと、さっきと同じ手順で〝ひび〟の拡張作業に入る
〝ビキ〟〝ビキビキ〟と音を立て拡がっていく〝ひび〟の端々に目を遣りながら鬼道丸さんが呟く。
「どこまで拡がっていくんだろう……………」
私の胸の高さを中心とした〝ひび〟の下側の先端は既に床に届こうとしていた。
「しかも消えないんだよなぁ、これ」「一回出すと、ずっと」
「止めときますね、このへんで」
「いや、いいですよ床、ぶち抜いちゃっても」
「いえ、一旦止めときます」
〝ひび〟から数メートル離れた位置に立つ。
「赤火砲でいきます」
「僕の前髪を焼いたやつね?」
今から〝ひび〟に向けて撃つ赤火砲は恐らく、〝ひび〟を通過した時点でその形通りに切り刻まれて消失する……………か、火力や飛ぶ勢いが強い場合分裂して〝ひび〟の向こう側にある床・壁に衝突する。
この部屋の壁面が「Void-Carbonate」製な事を考えると後者のパターンでも問題はない筈。ここは一発強めに撃っとくか……………
「いきます!破道の三十一、」「赤火砲!」
〝ドンッ〟
詠唱破棄とは言え人に当たれば焼死は免れない威力の赤火砲を、〝ひび〟に向けて放つ。
「おー、いい火力」
〝ひび〟に衝突した赤火砲は、その瞬間その場から消えた。
「うん!?」
「えっ!?」
〝バラバラに刻まれて消失〟でもなく〝分裂した後通過して向こう側に衝突〟でもなく、衝突した瞬間〝ヴンッ〟と軽く唸って消えた。───────人を呑み込むサイズの、人を轢き殺し兼ねないスピードで飛んでいた大火球が〝ひび〟にぶつかった瞬間何の余韻も残さずただ消えた。
「何?どうなって…」
「すっげ、、、どうなってんの、あれ」
鬼道丸さんが〝ひび〟を凝視している。
「??」
視線を辿って〝ひび〟をよく見てみると、そこには〝ひび〟に捕まり半ば平面化した赤火砲の姿があった。