
「凄いねこれ、」「どうなってんの………」
見れば見る程異様な光景だった。
「凄いですね、」「〝ひび〟に絡まって止まってる感じ」
近くまで寄ってみると、赤火砲は〝ヴ、ヴヴ……〟と軽く音を立てて震えていた。
縦横無尽の〝ひび〟に囲まれパズルのように無数のピースに分けられても猶、赤火砲は息をしていた。
「熱もまだ帯びてるよ」
火球に手をかざして鬼道丸さんが言う。
「気を付けて下さい、どうなるか分かりませんから」
「うん………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
異様過ぎる光景を前に、二人してしばらく立ち尽くすしかなかった。
「……………………」
「……………………固定、、、」
「……………………」
「しちゃうんだ?飛んで来てぶつかった物?を」
「……………………」
「物って言うかこういう火みたいな非・固形物も」
「……………………」
「でもそれって……………」
そう、
何の意味もない。
〝火〟とかではない有形の物が飛んで来てこの〝ひび〟にぶつかっても、多分結果は同じだ。───────〝ひび〟によってバラバラのピースに分けられ赤火砲と同じように空間に固定され、その場に居留まる。
それが〝人〟だった場合その人が死ぬのか、それとも生きたまま固定されるのかは分からないけど、どっちにしても大した意味はないし、違いもない。あるとしたら〝生きたまま固定〟の状況を利用した拘束・拷問か……………
「ところでさ、」
鬼道丸さんが口を開いた。
「あなたはこれ、触って大丈夫なの?」
「〝ひび〟にですか?」
「そうそう」「やっぱりある?耐性」
「それなら……………」「大丈夫でしたよ」
と言いつつバラバラに分けられた空中のピースの一つに手を触れる。
「もう何回も〝ひび〟にも当たってますけどこの通り」
〝バリィ!!!!!〟
「!?」
「!?」
私が触れた箇所を起点とした全ての〝ピース〟が、固定されていた空中から剥がれ次々と床に落下し始めた。
〝ガシャ〟〝バリィ!!!!!!〟
「危っぶ!」「危っぶな」
〝ガシャッ〟〝バリッ〟〝バリィッ〟
「危ない、危ない危ない」
「離れてましょう、ちょっと」
落ちた端から輪郭がぼやけ消えていく。
あの赤火砲を囲い閉じ込めたピースも全て……………
〝バリッ〟〝ガシャァ…………..〟
全ての〝ピース〟が崩れ落ちた空中には、何も残っていなかった。───────赤火砲の欠片も、〝ひび〟も何もかも全て。〝ひび〟を生じさせる前と同じ、何も無い空間があるだけだった。
「……………………」
「怪我、ない?」
「……………………」
「大丈夫?」
赤火砲の〝ピース〟が落ちて消えた時、赤火砲を構成していた霊子はその場で消えた。
赤火砲でも白雷でも、それこそ五龍転滅でも黒棺でも、破道系の鬼道は何でも術者の手から放たれ対象に当たって効果を発揮した後、必ず霊子に形を変え空気中に戻って行く。私ぐらいの鬼道師になると空気中を移動する霊子は川を流れる清流のように常にはっきりと見えているけど、今〝ピース〟に閉じ込められたまま床に落ちて消えた赤火砲は明らかに霊子に戻らず、その場で消滅した。
「大丈夫です?」
「……………………」
「触ると術式解除、なんですね」「はは……………」
「………………まとめると」「①存在不可能領域を〝ひび〟の形で展開して触れた物を裁断・破壊する」「そして、」「➁〝ひび〟で囲まれたエリアに入った対象物を閉じ込め術式の解除と共に消滅させる」「鬼道、みたいですね。この〝秘匿鬼祇術〟というのは」
「……………………」「……………うん、」
反応が薄いのも分かる。24年待ってこれじゃあ……………
「うん、」「……………そんなとこかな」
射程が短過ぎる上にその場から動かせないんじゃ〝攻めの手〟としては弱過ぎるし、防御系の技としても縛道のメイン処と比べて使い勝手が悪過ぎる───────何せ人にせよモノにせよ術の対象が向こうからこちらに向かって飛び込んで来てくれている状況が前提として必要になるのだから。六杖光牢ならそんなもの必要ないし、断空ならほとんど全ての破道をさっきの赤火砲と同じように無力化出来る。
断空で遮断出来ない黒棺以上の破道も恐らくブロック出来てしまえるのは一つ優れた点だけど、黒棺以上クラスの破道の詠唱は現代では許可されていないし、ここ数百年その発動は(少なくとも公式には)確認されていない。───────全ての(公営鬼道師達による)探知を〝未見の縛道〟ですり抜けて黒棺や五龍転滅を乱発しながら襲って来る悪の野良鬼道師、にいつか出くわす日が来たとしてもそれはこの術で対抗するより瞬歩で逃げて(公営鬼道師に)通報した方が早い。
つまり鬼道丸さんがここで〝秘匿鬼祇術〟を守っていた24年間には何の意味も無かった…………………はちょっと言い過ぎだとしても、彼がその半生を懸けて守り続けてきた〝秘匿鬼祇術〟はそうするに値する代物じゃなかった。私ももちろんがっかりしているけど、若い頃から地下施設に一人籠って年一で来るか来ないかの来客に対してバカ真面目に〝びびでつばびでつ〟を踊って聞かせ、その大半に(私がしたように)罵倒される24年を送ってきた彼の心中は察するに余りある。私がここに来て〝秘匿鬼祇術〟の正体を明かしてしまった事も今となっては良かったのかどうか………………
「ごめんなさい、」「あまりお役に立てなかったようで」
「…………え!?」「…………いや?笑」「いやいやいやいやいやいや、」「とんでもないですよ笑」
……………………うん。落胆してるな、明らかに。
「いやー……………」「まぁ、〝秘匿鬼祇術〟にしては確かに地味な術でしたけど?」「何となくしてたんですよね、そんな気も……………」
「そんな気?」
「えぇ。〝秘匿鬼祇術〟なんて言っても何千年も前に名前も残っていないような誰かによって作られた術ですからね。大仰に語り継がれていても所詮その程度と言うか…………」「本当に優れた術なら時代時代の鬼道師達が意地でも使い続けたでしょうし、作った人間の存在も文献か何かに残されていた筈」
確かに、それは言えてる。
「何より、伝承の本拠地にすら詳細を示す文献も記録も何もありませんからね笑」「先代も〝信じろ〟〝きっといつか誰かが復活させてくれる〟ってそればっかりで…………」
「……………すみません、なんか」「解き明かしちゃって、逆に」
「いや、いやいやいや」「感謝はしてるんです」「本当に」
「…………本当ですか」
「えぇもちろん!」「長い間内心なんだこれ、と思いながら唱えてた〝びびでつばびでつ〟の正しい姿を知れましたから」「美しい詠唱だった。感動しましたよ。」「全文を聴いたのは一回だけだったけど、美し過ぎて一発で覚えちゃいましたからね」「……………言いそびれてましたけど上手いですよね、歌笑」「アカペラであそこまで出来ませんよ、普通」
確かに。色んな事が起こり過ぎて忘れていたけど、この〝秘匿鬼祇術〟の詠唱文はかなり特異だった。何千年か前に作られたような比較的新しい鬼道の詠唱文は割と奇抜なものが多かったりもするけど、今回のは特に。何せ詠唱文全体の半分以上が横文字………………だっ………………た……………………………あ゛!!!!
あ゛ぁぁぁぁぁぁあ゛!!!!!!
あ゛!?
……………………あ?
……………………あぁ、
あ゛あああ゛ぁぁぁあ゛あ゛!!!!!!!
「鬼道丸さん」
「まぁ~、面白いですよね。〝何も存在出来ない領域を作る〟っていうのも。ネタとしては」
「鬼道丸さん」
「僕も〝正体が分からないが故に訪れた鬼道師全員に知って貰って各地に広げて貰う〟っていう責務を解かれるわけですから」
「ちょっと」
「これからはこれをネタに人前で何か披露するなどしてお賃金を稼ぐ方向でww」
「ねえ、ちょっとって」
「割と稼げると思うんだよなぁ~ww夏休みの勤労大学生並の給料にはもううんざり」
「聞けや!ハゲ!」
「殺すぞ」
「聞いてください、鬼道丸さん」
「殺すぞ、ガキィ」
「いや、聞いてくださいって」
「何じゃぃ」
「まだ全文、唱えてません」
「お゛ぉ?」
ゴクリ、と生唾を呑み込み大きく息を吐き出した
「私まだ、〝秘匿鬼祇術〟の詠唱文、全文唱えきってません。」