
「しかし、あれですね」
なんだっけ、ご照覧───────ご照覧あれ、、、、
ご………………………しょうわか。
ゴショーゥワ♪あ・れ、だ。
「あなたも意外と抜けてる所があると言うか…………頭は良いのに」
割れたまま床に放置されていたグラスの前にかがみ込んで〝逆瓶子〟を作る。
「(ゴショーゥワ♪あ・れ)」
「まあ私もですね、それは。目の前で聞いておいて…………」
「(ビビデ、バビデ、ブゥーワ)」「(ビビデバビデブゥーワ、)」「(イェ~♪)」
〝バギッ〟と音が鳴り、割れたグラスとその周辺に散らばった破片を蜘蛛の巣状に〝ひび〟が覆う。
「おぉ~、見事」「発動はやっぱり速いんだよな」
〝逆瓶子〟を解くと〝ひび〟で取り囲まれた空間は崩れ落ち、閉じ込めたグラスやその破片と共に消えた。
「(よし、)」
「もう使いこなしてるじゃないですか」
「えぇ。詠唱破棄ももう多分、いけると思います」
後は詠唱文を全文唱えきるだけ……………
でもその前に。
「鬼道丸さん」
「はい?」
謝っておきたかった。余りにも余りにもだった、先刻の失礼な態度を。
「すみませんでした、あの」「〝互助会〟の連中なんかと勘違いして、本当に」
「……………??」
「嘘吐き呼ばわり、までして……………素人扱い、と言うか」
「………………あ、あぁ」「あぁあぁ、あれね」
〝嘘吐き呼ばわり〟は完全に私の勘違いだったけど、〝素人〟に関しては間違っていない。ずっと見てたけど、術を解明するまでの長々としたやり取りの中でもこの人は一回も鬼道を使わなかったし、霊子の操作も、霊力の高めも一切、一度としてやらなかった。鬼道師なら予期しない事態に直面した時意図せず鬼道特有の構えをとってしまったり、空気中の霊子濃度を上げて身に纏わせたりしてしまうものだけど、それも全く無かった。───────この人は多分、衝も撃てないし、鬼道の修練自体やった事が無い。知識はそれなりにあるし、何についても〝嘘を吐いて〟は(ほぼほぼ)いなかったけど、鬼道の〝素人〟である事に間違いはない。
それでも、(思っていたよりずっとショボいものではあったものの)〝秘匿鬼祇術〟と私を出会わせてくれた事には感謝の念しかなかったし、人生の長い時間をそのために捧げた彼の生き様に、私は尊敬の念すら抱き始めていた。───────彼にもそうだけど、彼だけではなく彼にそれを手渡すまで延々と術を継ぎ続けたその先代達に対しても、そのひたむきさに尊敬の念しかなかった。〝秘匿鬼祇術〟のショボさを知ってしまった私は、結構本気で鬼道を辞めたくなってしまっていたから。
「いや、びっくりしましたけど、全然大丈夫ですよ。慣れっこですし」「それに、」
「……………?」
「怒るってことは、それだけ鬼道を愛してるってことじゃないですか。」「〝そういう物じゃねぇんだうちらの愛した鬼道は〟〝バカにすんじゃねぇ〟って」「他の鬼道師達に〝びびでつばびでつ〟を教えたことに関しても、怒ってましたよね笑」「愛と敬意があるって証拠です、他の鬼道師達に対しても」
…………………ある。私は、〝鬼道〟と〝鬼道を愛す全ての人達〟に対して、愛と敬意が確かに…………〝ある〟。
「寧ろ嬉しくなりましたよ、若い世代にもちゃんとしたのが育ってるんだなぁって」
零れそうになっていた涙がスッと引っ込む。
なんか………………
なんか〝自分も鬼道師だ〟みたいなスタンスからちょいちょいモノを言うのが、
なんか、なぁ……………笑
「これで僕も安心して肩の荷を」
「……………まぁ、いっか!」
「下ろせる……………まぁいっか?」
「いいですか、〝びびでつばびでつ〟全文詠唱しちゃっても」
「え………………えぇえぇえぇ、いつでもどうぞ」「お好きなタイミングで」
「じゃあちょっと…………」「定位置の方に……」「移動しますね……」
と言いながら片手で〝ごめんごめん〟とやりつつ移動している時、どこか遠くの方で聞き覚えの無い男の声が小さく
「あらアンタ、」「結構可愛いハゲがいるじゃなァい/////」
と呟くのが聞こえた。
鬼道丸さんを振り返ると、外した眼鏡を甚平の端で丹念に拭いているところだった。