
✔ 呆然自失の重い体を引き摺り何とか鬼道丸さんの私室に辿り着いた私は、秘匿鬼祇術の発動中に話しかけてきた公営鬼道師が仲間を引き連れ私を禁術詠唱の咎で捕縛しに来るのを待つ事にした。
「早ければ今日中か、遅くても数日中には来る筈、」「多分…………」
他に出来る事も無かった私は〝数日中〟の方に備え住環境を整えにかかった。
鬼道丸さんの私室は家具・家電等が驚く程に充実していたけど、鬼道丸さんが使っていたそれをそのまま使う気にはどうしてもなれなかった──────他意はない。ただ…………………何だろう、喪に服すと言うか、私が手に掛けてしまった人の私物をそのままちゃっかり流用してしまうのは道義にもとる気がしたと言うか…………………特に布団。ハゲた中年男が一定期間以上使い込んできたであろうそれだけは是が非にでも替えておきたくて私は鬼道丸さんのデスクにあった公営羅波拡張端末に触れ、何かそれらしいサービスが利用可能でないか探った。
鬼道丸さんのサブスク周りは異常に充実していた。
特に栄命存のグレードは〝Ultra Prime〟、しかも何の購入にでも使えるポイント残高が999,999,999,999,9……………一生使い切れない額表示されていた。
「すっげ、、、、」「めっちゃ金ある……………」
これだけあるなら取り急ぎ布団とベッド一式ぐらいはと思いポチると到着は〝30分後〟と表示されデジタル時計のカウントダウンが始まった。
「早ぇ~、、、、」「さすが〝Ultra〟……………」
布団とベッドを待っている間他のサブスク関連も確認してみると知っている限り全てのサービスの特上プランに入会していて残高も全て栄命存と同じく999,999,999,999,9……………と〝使い切れない額〟が一律で表示されていた。
「えぇー、、、、」「何これぇ、、、、」「怖怖怖怖怖怖ぁ、、、、」
明らかに異常な契約状況だった。特に、必要なサービスの最低額プランを渡り歩くように月替わりで契約し直している私からすると……………
何でかは分からないけど、まぁこれだけあるならと室内の見渡す限り全ての家具・家電の新調用を一通り栄命存で注文してから、先に注文した寝具一式を待ちつつここから先の自分の行く末について思いをはせた。
公営鬼道師に黒棺以上クラスの鬼道を唱えた罪で捕まったフリーの鬼道師がその後どうなるのかを私は知らない……………と言うか、私の知る限りそれを知っている者は〝外〟にはいない。捕まった鬼道師が聖都のいずこかにある彼らの本拠に連れて行かれた後そこから出てきていない事だけは確かで、外にいる鬼道師達は誰も彼等がどういう処遇を受けたのか知らない。──────そんな簡単に処刑したりはしない筈だけど、一人一人を幽閉しておくような手間や人件費をかけるかと言えばそれもないように思えた。仕事で一緒になった公営鬼道師と話した事は何度かあるけど、結構仲良くなってもその質問にだけは誰も答えてはくれなかった。今からここにやって来る公営鬼道師達に連れられてその秘密をいっちょ見物し、後学のために役立てるのも悪くないかな、と私は思い始めていた。
(何せ私には、これがあるから)
「ビビデ、バビデ、ブーワ♪」
〝ミシッ……〟
「ビビデバビデブーワ♪」
〝ビキキキ………〟
手元に小さく作った〝ひび〟は棘々として鋭く佇み、静かに青く光を放っていた。
(これがあれば多分、公営鬼道師数十人が相手でも軽く刻んで消せる。どういう処遇を受けるのか聞いた後異を唱えて聞き入れられなければ、これで………………あと、)
鬼道丸さんの死だけは公的な何かに報告してちゃんとした事後処理を求めたかった。了承を得ていたし、後押しもされたし、同じ情熱を以て一緒に進めていた秘匿鬼祇術の解明作業中の事故ではあったけど、それでも。
鬼道丸さんの死の事後処理というのは、本当に厄介な問題だった。考えてみれば私は〝東西……………〟〝南北?〟〝なんたらかんたら〟〝鬼道丸〟とかいうあのクソ長い変なあだ名みたいなやつ以外にあの人の個人情報を何も聞いていなかったから。公舎に行っても誰を殺したと言えばいいのか分からないし、経緯を訊かれても公には都市伝説の類だとされている「鬼道」なんてワードは出せない。大体「ここで殺ってしまったんです」なんて言ってこの正体不明の大施設に一般の(公舎の)職員なんか導き入れていいものか………………死体だってない。置いておいても汚いだけ見ていると罪の意識で胸が押し潰されそうなのでもう既に〝ひび〟で消してしまったけど、あの〝足首入りのクロックス〟なんて見せても「鬼道」の説明が出来ない以上死因も死亡経緯も何も理解させる事が出来ない。
個人情報の記された何かしらは私室には無かったのであったとしたならそれを身に付けていた彼と共に消滅、羅波拡張端末には地下施設の住所しか入ってなかったし、緊急連絡先みたいなものも今のところどこからも見つかっていない。──────「事後処理はちゃんとしたい」「→でもそれを言いに行く先がどこにもない」状況で考え得るベストな選択は「鬼道の事を了承済みで公的な団体でもある」公営鬼道師達に直で言う、以外に考えられなかった。
〝ピーンポーン〟
インターホンが鳴る。
「──────失礼しまーす」「栄命存です」
「あ、はーい」
「お荷物たくさんあるので一つずつお運びいたしますねぇ」
というやり取りを始めた途端〝栄命存お引越しクリーニング〟という、栄命存が最近始めたサービスの事が頭をよぎった。引っ越しの際の荷物の運び出し・運び入れの両方のタイミングで元・先両方の部屋をスタッフがついでにハウスクリーニングしてくれる、というものだ。
「よろしいですかー?」
「あ、あのぅ、、、、」
「…………はい?」
一度思い出すと〝クリーニング〟無しで鬼道丸さんが長年住んだ部屋に泊まる気がどうしてもしなくなっていた。──────Walletに入っていた巨額の残高を目にした事で気が大きくなっていたのかも知れない。
「〝クリーニング〟ってあるじゃないですか」「今からそれって………?」
「え、今からですか?」
「はいー、、、、」
「今からっていうのはちょっと……………」
うん。まあ普通に考えて無理だよな、時間もかかるし人手もいるだろうし
「お引越しですか?」
「え?」
えーと…………
「はいっ(^^」
「あー…………」「今からはちょっと、」
あっ!
「あっ!」
「えっ、、、」「どうされました?」
忘れてた。鬼道丸さんの使用済み家具・家電を引き取ってもらう設定にするの…………
「……………………あのぅ~、、、、」
「……………………はい?」
どうやら厄介な客判定を食らったらしく、配達の兄ちゃんの声が訝しみの色を帯びていた。
「要らない家電の引き取りってぇ~、、、」
「……………………」
「今から、デモ…………?」
「………………それは、いくつぐらいでどのくらいのサイズの?」
「で、でっかいのが、」
「……………………」
「山ホド、、、、?」
「無理です」
配達の兄ちゃんの声色は明らかに厄介客を切り捨てにかかっていた。
「え、」「えぇ~…………」
「今そちらの室内にある感じですか?」
「え?」「…………まぁ、はぁい、、、、」
「では持って来た家具・家電も運び入れが難しいと思うので」
……………え?
「一旦お持ち帰りいたします」
おいおいおい
おい
それは困る
せめてベッドは
「いやいやいや、何とか今から」
「出来ません」
「じゃ、じゃあじゃあせめてベッドと布団だけでも」
「運び入れだけでいいんですか?」
…………………………
…………………………
…………………………
「いや運び出しも」
「無理です」
「あとクリーニングも」
「無理です」
「お願いします、絶対に必要(というわけではないけど気持ちが完全にそう)なんです」
ハァ、、、、、、、、、と明確に溜息を吐き出して兄ちゃんが
「困りますねぇ、こっちにもスケジュールってもんが」
と言いかけた時に慌てた別の声が「バッカお前、」と小さく諭すのが聞こえ、続けてさっきの兄ちゃんに代わってこちら側に話しかけてきた。
「大丈夫ですよ、」「えー………クリーニング?」
「え?」
「クリーニングをご用命でしたら、今からでも」「大丈夫ですよ、全然(^^」
「え、」
交代で出て来た兄ちゃんはさっきの兄ちゃんと打って変わりすこぶる愛想が良かった。
「え、じゃあ」「いいですか?お願いしても…………」
「えぇえぇ、もちろんです」
「運び出しも…………」
「もちろんですゥ(^^」
スッゲェ~、、、、、、、、、、
絶対あれだよ
Ultraだからだよ
「ただ、追加でスタッフを呼びますので」
「はい」
「よろしいですか、少々お時間頂いても」
「あ、もう全然」「ちなみに」
「はい?」
「追加料金っていくらぐらい…………」
「…………あ、それはもう全然」
「え?」
「無料で(^^」
「っえ!」
追加でスタッフを呼んで
追加の作業をするのに
無料……………
すっげぇUltra……………
初めて体験するVIP待遇を前に、私は自分の中で何か良からぬものがムクムクと頭をもたげるのを感じていた。
「ちなみになんですけど、」
「あ、はいィ(^^」
「もう一つよろしいですか」
「あ、もう全然何でも」
「〝追加で呼ぶスタッフ〟って、女性で揃えて貰う事って出来ます?」
「今から来るスタッフをですか?」
「はい。出来たら」
「あ、もう全然」「ちょっと、、、、、帰らせますね、今こちらに向かっていた男性スタッフは」
「あ、出来たら」
「はい?」
「あなた方二人も」
「は?」
「家に立ち入るのと全ての作業をするのを全部、女性スタッフにお願いしたいなって」
「…………あ、はぁ」「…………男性がちょっと苦手、みたいな話で?」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど」
男性が住んでたから汚かった部屋にまた男性のスタッフが立ち入って作業したら
「汚いじゃないですか?」
「……………ん?」「え?」
「あ、いやいや」「あの、」「……………部屋が今、汚いので」
「……………あぁーはい、」「部屋が…………?」「成程、、、」
「………………………」
「………………………」
「………………………」
「全然問題ありません(^^」
ガッシャン、と
自分が良くないレールに乗る音が聞こえた。

