思慮分別は人生を安全にはするが、往々にして幸せにはしない。────サミュエル・ジョンソン(イギリスの文学者)
✔ 0:50~ これは天音の初配信だが、本人もここで言っている通り喋りに抑揚が無く発声も弱く、感情が全く感じられない。最初「ホロライブ4期生です」に続いて「イェーイ」と言っているがこんな暗くて抑揚のない「イェーイ」は聞いたことがない。
慌てたり声が上擦ったりがデフォの初配信でこんなにも抑揚無く落ち窪んだ様子を晒している天音のこれは所謂『抑圧』という状態なのだが、ACとしての天音の最も顕著な特徴はこの『抑圧』だ。天音に関しては「礼儀正しい」「落ち着いていて感情の上下が少ない」「本音をあまり話さない」「利他的で自分を後回しにする」「年齢の割に大人びている」みたいな特徴が思い浮かぶと思うがその全ての根差すところはとどのつまりがこの『抑圧』だ。──────この初配信での様子にしても天音を象徴する上記のような各特徴にしてもその全ては天音が天音自身の本音や感情を『”抑”えつけて』『”圧”する』ことにより顕現されている。
VTuberは皆初配信では普通分かり易くテンパったり声が上擦ったり、あるいは落ち着いているケースでも努めて愛想よく明朗快活であろうとするし、また(少なくとも天音の『抑圧』よりは)そうである方が良い。
初配信という当然緊張する場でテンパったり声が上擦ったりで分かり易く緊張している様子を見せたならリスナーも同僚も補佐する社員も全ては共感してその大半が進んで協力を買って出てくれるだろうし、愛想よく明朗快活である場合でも好感や期待は少なくとも得られるだろう。
天音の場合は暗過ぎる「イェーイ」が異様で気持ちが悪過ぎるし、愛想も悪く見えればやる気も感じられず、何を考えているのかが分からず共感も得られず、結果誰も味方に付かず応援する力も得られないだろう。
こういう特殊な場・職業に限らず人はいつでもどこでも生の感情がそのまま外面に表れるタイプの方が楽だし、何かと得だ。「辛い・苦しい」みたいな感情がそのまま表れるならそれを察知した誰かが必ず助けに来てくれるものだし、「怒り・不快感」が顔や声色に染み出たなら周りは大なり小なり察して遠慮がちに接するよう心掛けるようになるだろう。
『抑圧』の性質によりそれらの便利機能を全て失った天音の人生は当然多分に損で、また往々にして不利だ。ただ自然に振る舞うだけで誰しも得られる他者からのアドバンテージを全て取り損なう不利にして孤独な人生を天音は歩んでいる。
この『抑圧』の性質は言うまでもなく母による苛烈な責めを耐え忍ぶうち天音が自ずから身に付けたものなのだが、要は天音はこうすることで母からの責めに対抗していた、ということだ。
血圧を下げテンションも極度に下げて感情の発露や声の上擦りを抑えることで責められる要因を潰し、ミスを無くし本音を話さないことで猛る母との会話を少しでも早く終わらせる、それが子供時代の天音が採った戦略で、過酷な状況を生き抜く術だった。──────この初配信の時のような形で自分を落ち窪ませて固く守った己の身の内側だけが子供の頃の天音の唯一の安全地帯だった、と言えばその苛烈さが分かるだろうか。
ここで健全な人はこう思うのではないだろうか。
「それは分かるけど」
「何で初配信でも」
「それ?」
と。
そう、天音は周りにカミングアウトしていないVTuber活動の初配信で母に対抗するために編み出した『抑圧』の生存戦略を採る必要はないし、またそれを採ったせいでこうして異様な様を晒しこの場で新しく出会った周囲の人々から協力や理解を得られない結果になってしまった。
ACの抱える最大の問題点は苛烈な発育過程により培った歪んだ性質や習性それ自体ではなく、『それらから足を洗うことが一生出来ないこと』だ。
彼らの敵は常に彼ら自身の頭の中にいて、どこに行こうと何をしようと追い払うことが出来ない。実体がないので倒すことも取り除くことも出来ず、負けることはあっても勝つことは基本的にない。唯一の選択肢は「戦わないこと」だがそれでその敵が居なくなってくれるわけでもない。
言ってしまえば『抑圧』のスタンスを採った天音は初配信の場でその場にいない、その配信を観てすらいない母親と戦っていた。敵なんかどこにもいない、感情を発露したり本音を話したりしても誰も責めたり攻撃したりなんてしないあの初配信の場で、天音はそこに存在しない母親からの攻撃にのみフォーカスして自己紹介をし、用意した台本をこなして今後の抱負を語り、配信時間一杯を走り切った。
ゾッとする程病的な生態だが、天音は今後一生これを繰り返すか、あるいはそんな自分の習性と戦うことに終始して一生を終えていく。天音が賢ければ「戦わないこと」が一番の解決策で、自分が自分の人生を最も有意義に消費できる方法だと気付く筈だが、その場合でも深く刻まれた傷跡や心に空いた穴が修復されることはない。
ほぼ全てのACに共通する最もヤバい特性は『症状や悪性の習慣の原因が常に己の内側にあり』しかも『それと戦うことが一生やめられないこと』そしてそうしているうちに『自分の人生を生きられず、その大部分を無駄にしてしまうこと』だ。
✔ 6:18~ 天音と言えばな伝説のAmongUs配信。プレイ中発言する機会を見失い延々と黙り続けたせいでコメント欄や共演者に突っ込まれとうとう泣き出してしまったという痛々しくて、そしてやっぱり少なからず異様で気持ちの悪いワンシーン。
AC共通の特徴として「他人の顔色を窺いその内心を読み取ることが上手い」というものがある。
理不尽にして不安定な毒親のその日のコンディション(言い換えれば危険度)を確認した上で発言や身の振り方を決める毎日だった幼少期が形作る悲しい特技だが、御多分に漏れず天音も他人の顔色を窺いそれに沿うように振る舞い場の空気を整えるのがとても上手い。
つまり天音の他人とのコミュニケーションは常に『①相手の顔色を窺う』→『➁内情を把握する』→『③それに沿う発言・立ち居振る舞いを行う』というパターンなわけだが、驚くなかれ天音はこの日このアモアス配信で都合9名にも上る共演者一人一人に対してこの『①』~『③』のパターンを敢行しようとしていた。─────まずいの一番に声をあげた大空に『①』→『➁』を行い→『③まあいいか今は絡まなくて』という結論を下し次にそれに乗っかったさくらみこにまた『①』→『➁』をかけ→『③まぁ今は笑い(声)で乗っかっとくだけでいいか』という結論を下し、ゲームが開始されてからはたまたま近くを通った湊にまた『①』→『③』、次に議論の時に自分と意見が同じだった潤羽に『①』→『③』をかけて、とやっているうちにキャパオーバーを起こし機能停止に陥り黙りこくってしまった、という流れだ。
健全な人なら「いやこの状況でそんな面倒臭いことww」「ここは深く考えず思ったことを自然に喋っとけばええんよww」と思うところだろうが物心つくかつかないかの頃から日常的に繰り返されていた母による壮絶な責めにより『①』→『③』の定型パターンを完成させていた天音は「思ったことを自然に喋るコミュニケーション」が具体的にどういうものかを知らない。言葉の通り思考を停止して簡易に喋ることや周りの見様見真似でそれらしくやってみることは当然出来るがそれらは全て「コミュニケーション」と言うより「演技」だ。実感として知らないしやりたいとも思わないまま意図的にやっている時点でそれは「深く考えず思ったことを自然に喋るコミュニケーション」を逸脱している。
もちろんだがこのAmongUs配信の場に天音の母はいないし、この配信もやはり観てすらいなかった筈だろう。共演しているホロメン達も皆天音には優しく接する人間ばかりだった筈で、リスナーも恐らくは同様だった筈。
つまり天音は初配信の時と同様、その場に居もせず観てすらいない母に対抗するためのサバイバル術を自分に好意的な人間達に対してすら用いていた。
やはり病的な生態だが、これが逃れることの叶わないACの本懐だ。
✔ 注視して紐解けば異様な行動・習性ばかりの天音はやはり間違いなく真性のACだ。厳し過ぎた母の脅威という『己の内にある要因』と『それが介在しないシチュエーションですら四六時中戦い』結果『多大な損を積み重ね自分の人生を満足に生きられていない』。──────これは本人のやる気のなさ・行動力のなさも大いに関係しているのだが、天音はホロライブでデビューして以来何の結果も残していないし、新しい技術を得たり何か新しい分野に新規で挑戦することもしていないし、どこか別の場所に移動して知り合いや友達を作ってホームと言えるような領域を新規開拓することもしていない。
前述の通り、ACの戦いは内なる戦いだ。「緊張すれば」→「抑えつけ」、「辛ければ」→「押し殺し」、「過去のトラウマに無限に追い回されては」→「戦うか逃げ回るかを選択し」、「普通の人になるために」→「本来の自分を否定する」………そうして相反する二つの力を己の内だけで戦い合わせることでAC本人は一向に前に進めず、往々にして人生のフェーズを進行させることが出来ない。
天音はまだ二十代で若いが、恐らくここから先の人生で何も新しく手にすることが出来ない。多分天音の今一番の課題は『自分は他のまともな(=健全な)人達に(二つの意味で)どれだけ近付くことが出来るか』だ。そんな叶えたところで何も得るものがない課題に一生を捧げ、そして必ず失敗したところで天音の人生は終わりを迎える。──────「結婚して子供を作ってそれらの課題を次世代に託す」という安易な選択をするACもいるが、そういう頭の悪いACは往々にして自分が親から受けた仕打ちをまた我が子に対して繰り返すので事はやっぱり解決しない。
とは言え、天音のACとしての深刻度・病状みたいなものはその属性を背負っている者の中では軽度な部類だ。
親から受けた仕打ちは【厳し過ぎる律し】【威喝】【理不尽な攻撃的言動】もしかしたらそれなりの頻度の【体罰】もあったかも知れないがこれは毒親としては比較的優しい部類で、それにより天音に表れた症状も【人間関係の不備】【過剰な利他心】【無気力な主体性の無さ】ということで軽微な部類だ。
何せ天音は「会社に所属して」「人前に出る仕事」が普通に出来ているし、「精神病とも無縁」で「私生活の乱れもなく」「親ともまだ関係していて」、兎にも角にも「普通」の範囲内で生活が出来ている。
次頁以降紹介する二人のACを見れば天音はまだ運のいい部類だったということが分かる筈だ。