【 哀悼の意 】
先日全VTuberの始祖であるキズナアイが「無限スリープ」に入った。私は彼女を全く追っていなかったのでよく知らないのだが、無限スリープとは「無限＝永遠」「スリープ＝睡眠」と直して「永眠」と訳すので合っているだろうか。VTuberは仕事を辞める時大体「卒業」とか「引退」という言葉を使うものだが死んだ設定を選ぶとは新しい。さすが世界初のVTuberだ。私なりのはなむけとして今回の記事は彼女への、哀悼の意を示す弔辞として捧げたい。
私が彼女を初めて見たのは現在既に引退している輝夜月とコラボしている動画にてだったが、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった輝夜に対してあまりに保守的なキャラクターのキズナは随分つまらなさそうに見えたものだった。もちろんその動画を切っ掛けにキズナに興味を持つ筈もなく、次に姿を見たのはピーナッツくんにセクハラを受けている動画で、無限スリープに入る半年ほど前の事だっただろうか。
キズナアイはにじさんじやホロライブ等新世代のVTuberを推しているような視聴者からすれば相当つまらないVだろうと思う。3Dモデルはパッと見で分かる高品質だがデザイン自体は地味で前時代的、垢抜けない喋りと独特なセンスはV界の現環境においてはおばちゃん臭さすら感じさせる。多分若い人なのだろうとは思うが中の人が40代中盤に差し掛かっていても私は驚かない。
私がキズナを見直したのは「ぽんぽこ24 vol.5」で彼女がピーナッツくんとサシで話すシーンを観ていた時だ。ピーナッツくんが嘘トリビアをキズナに話して信じさせようとするような企画なのだが、彼の話をちゃんと聞いて咀嚼してから冷静に粗を見つけ、論理的に返す様子に確かな知性が感じられる。
✔「コンビネは何の略？」は賢い。
キズナアイの中の人は地頭のいい知性派声優だったのだ。これにはさすがの私も驚いた。つるんつるんの3Dモデルを着て甲高い声で話すVTuberが知性を備えているなんて誰にも読めないだろう。彼女の本質的な価値はここにあったのだ。声優崩れかサブカル中毒の社会不適合者が八割方を占めるV界で、ちゃんと考えてちゃんと話せる中の人というのはV界全盛の今でもとても珍しい。加えて「分裂騒動」以降の落ちぶれっぷりは裸足で逃げ出したくなる程苦しい状況だっただろうに、声色一つ変えずに最後まで「キズナアイ」をやり切った様子を見るに腹の据わり方も相当である。キズナアイを「聡明で骨のある女」というブランディングで売り出せなかったのは運営の落ち度だろう。若さに依存せず加齢と共に凄みを増したであろうこの特性は、上手くやればキズナアイを永続的にV界の王座に座らせておく事も出来うる物だったと思うが、未来永劫叶わなくなってしまったのは残念な事だ。
私は若さに任せてキャンキャンはしゃいで仕事をした気になっている若いVより確かな個性と曲げられない意志を持ち、時間経過とともに魅力を増していくVの方が好きなので、キズナアイの中の人も産休だか子育てだかを終えたらまた戻って来るのもいいのではないかと思う。キズナアイは「永眠」されたようなので引き続き寝かせておいて、おかしな運営とは縁を切って今度は自分の人となりに合ったモデルで再出発、というのも悪くない。VTuberというのは色々あってもモデルと運営を変えれば人生をリセット出来るのが便利なところだ。
キズナアイが退いた事でVTuberの黎明期を彩ったV達は姿を消し、この先は「ホロライブ」「にじさんじ」の二強時代に突入する。二つの事務所に所属しているV達は企業勢特有のしがらみや事務所内で埋もれてしまう事と戦っていかなければならないが、私が注目しているのはそれらの事務所と無関係の個人勢や、実質個人勢のような小型の企業勢達である。引退前のキズナに、V界を代表して寄せ書きを贈っていた様子からも分かるようにその一画を統括するのはぽこピーの役目になるだろう。個人勢には天開司という台風の目がいるが、彼はぽこピーとは違いリア充色の強い、チャラめのV達と繋がるのが上手いのでその辺りの取り纏め役になる筈だ。全く見ていないVなのでどんな男か知らないが、20万当たったとか面白くもなんともないエピソードでドヤ顔なんかしてないでもっと広い視野でスケールの大きな動きをして欲しい物だ。
テレビタレントやアイドル等と比べて自由で縛りのない印象のV界でも事務所間の軋轢や見えない攻防は、既に起こり始めている。キズナアイのフィナーレを飾るゲーム大会にホロライブが一切参加していなかった事や、ぽんぽこの渡した寄せ書きに参加していたメンバーに変な偏りがあったのがその一端だ。私は寄せ書きに、キズナ無き後V界の女帝の座を巡って熾烈な争いを繰り広げるであろう月ノ美兎やその取り巻きが一人も名を連ねていない事が面白くてたまらなかった。月ノとキズナが冷戦のような状態にあったのか気を遣ったぽんぽこが月ノに声をかけなかったのか理由は分からないが、どの理由だったとしても面白いじゃないか。月ノのV界における存在は日毎大きくなるばかりで、今や場に居ても居なくても存在感を発揮する程になっている。ここから先の5～10年は、彼女抜きでV界の事は語れないだろう。
業界を統べる大手企業の筆頭ライバー達の陰で、個人勢達は寄り集まって共同事務所を設立するだとか独自のブランディングを打ち立てるとか様々なアクションを見せてくれるだろう。はっきりしている事は、この先どの個人勢も単体ではやっていけないという事だ。キズナがいなくなって増々勢いを強めるであろう大手事務所に、何の後ろ盾も補助もない単体個人では太刀打ち出来ない。他Vと繋がり協力し合う事を意識出来る者が、個人勢の中では頭角を現してくるだろう。
その筆頭候補である者がPCが壊れたとかテロップを打ってるとか素人ぶっていつまでも逃げ道を確保している場合ではないのだ。業界を盛り上げ面白い事を一つでも多く、我々に見せる為に存在している筈だろう。がっかりさせるのもいい加減にして貰いたいものだ。
