【VTuber小説】01『あの世行って来た』前編

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【VTuber小説】01『あの世行って来た』前編

✔ 物凄く長い列に並んでいた。一面の雲海の上、延々と続くうねった通路の上で何かの順番待ちをさせられている。先月めたと行ったユニバの恐竜のやつに乗るために並んだものの倍か、もしかするとその倍ぐらいあるかも知れない長蛇の列だけど、並んでるのははしゃいだJKグループやリア充カップル、家族連れなんかではなく、人魂(ひとだま)だった。ものぐさな漫画家が描いた手抜きデザインの人魂みたいなのが見える限り延々連なって並んでる。恐る恐る肩越しに後ろを確認してもやっぱり延々人魂が……二コマ分ぐらいの動きでぴこぴことゆらめいている。なんてアホな夢なんだと自分で自分を嫌いになりかけて、最後の記憶が首にかかった半ば心地良い程の、強い線状の圧だった事を思い出す。──どうやらここは天国か地獄……所謂あの世というやつのようだった。

 ここ数年、首を吊るのが趣味だった。ラグプロでデビューして同期の中でも早々に出遅れて、一年目のグッズの売り上げの総額が信条の半分にも届いていなかった事を知らされた後から手で絞める癖が始まって2期の全員にチャンネル登録者数で抜かれた頃からはベルト、3期がデビューして龍川たつかわが話題になった頃からはクローゼットも使うようになって、4期がデビューする噂を聞く頃には薬も併用するようになっていた。その状態で行為に及んだ事もあったから性癖だったのか自傷行為だったのかは分からないけど自殺願望だけはなかった、それだけは本当。だからここが天国か地獄か、あの世か何かであたしが本当に死んでるんだとしてもこれは完全なる事故。自殺じゃないから地獄に行かされる謂れはない。筈。

 それよりさっきからめっちゃ気になってる事がある。周りの風景とか人魂の羅列の時点でそもそも既視感があったんだけど、薄っすら見えてきた列の先頭に見上げる程でっかい会議机みたいなのがあって、さらにでっかい赤いおっさんがそれすら窮屈そうに鎮座してるのが見える。顔を覆う剛毛の髭に似つかわしくないスーツ姿、角が二本生えただっせぇ帽子。

───閻魔大王なのか……?鳥山先生、一回死んどったんか……!?



✔「えーと、黒木…チダルマさん?」

近くで見るでっかいおっさんはやっぱりあの閻魔大王だった。

「え?……えーと」

「違う?クロキさん…違う?」

何でスーツなんだろう。別にスーツでもいいとは思うんだけど、サイズはもう何個か上の方が……あと机も絶対もう少し大きい方が。何千年何万年と働くんだろうからもうちょっと快適さと働き易さを追求した方がいいと思う。

「芸名の方ですね、それ」

「芸名。この……ぶぃちゅうばってやつだね」

後ろの青い一本角が咳払いをして眼鏡を直す。生きてた時──死んだのか何なのかよく分からないけど──何度となく見た嫌な反応。

「まあ、はい」

「近頃はゆうちゅうばっていう人達もパラパラ来始めててね、何かそれ関連の人なんでしょ?」

「ですね、まあ亜種と言うか」

閻魔大王は原作のように豪快な感じではなく、物腰柔らかで物分かりがいい感じの柔らかいおっさんだった。後ろの奴は多分嫌な奴だけど、このおっさんは嫌いじゃない。

「さっそくで悪いんですけどね、黒木さん」

「はい」

「あなた、地獄行きです」

「はい……はい!?」

後ろの青いのがブッと吹き出す。

ムカつく。それは当然ムカつくんだけども──ちょっと無慈悲過ぎませんか。

そりゃ自殺はしましたけど。薬もキメてましたけど。もうちょっと事情を聴くとか同情するとか背景を鑑みて情状酌量とか、何か、何かあるでしょうステップみたいなものが。

「え、なん……理由とか」

「地獄といってもね、結構深い方というか。何千年か深い所で苦しんで貰う感じなんだけども」

「いやいやいやいや、ちょっと。理由が知りたいです」

「そうだねぇ全部は時間の関係でとても言えないんだけども」

アナログな帳簿をパラりとめくって指でなぞる。

「まずね、先週生誕祭……?ていうのをやったでしょ」

やった。6回目の生誕祭。

「ええ、はい」

「これね、誰の生誕祭?というか誕生日?」

「私の。私のです」

「違うでしょ?」

「は?……いや私のですけど…」

「あなたその日に生まれてないでしょ」

「???………生まれてない……?」

桜間さくらま……花緒はなおさん?先週はあなたの誕生日じゃないでしょ」

閻魔がなんだこっちの方が綺麗な名前だよなと青い奴の方を振り返って笑うとギャラリー、つまり後ろの人魂達からも笑いが起こった。──分からない、何が起きている。どうしてこんな目に遭うんだ。

「あなたは本当は違うのに自分の誕生日と偽ってこの……すぱちゃ?ていうのかな?要は御捻りを……えーと……86。86万5千416円受け取ってる。これ立派な詐欺罪です」

──そんなアンチみたいな

「いや、それはリスナーの人達が自発的に投げてくれて」

「詐欺の被害者も自分から支払ってるんですよ」

「……」

「他にもありますよ、えーとね。……あなた年齢は?」

「…はい?」

「年齢おいくつ?」

──イライラしてきた。いい人そうだと思ってしまったのが悔しい。

「書いてますよね、そこに。分かって訊いてますよね」

「いいから」

「……34」

「ね。おかしいね。あなたずっと19歳って言ってる。先週の生誕祭の時も19歳と72カ月だよ~って冗談めかしてね」

「……それも詐欺?」

「そう。あとあなた何カップ?」

「は!?」

「胸は何カップですかって。カップ数よ」

「セクハラですよね」

「いいから」

「……D」

「嘘だよねぇ。Bって書いてます、ここにちゃんと。今のぐらいならまだいいんだけど、VTuberとしてのあなた、Iカップです。こういった身体的特徴や年齢みたいな女性の武器を偽って異性から金を巻き上げるのは詐欺及び惑乱の罪に抵触します。非常にタチが悪い」


 時間の都合でと前置きしておきながら閻魔はその後あたしの罪状を延々と並べたてた。隣の部屋に男がいる状態で行った配信の中でデビュー以降恋愛歴がないと虚偽の発言をした、ナンパなんかされた事ないのに最近声かけらんねぇわとモテる体を装った、人気鬼畜ゲー『だー!くそ!!』の初見プレイ配信を攻略情報を下調べした上で行った、配信機材の新調を匂わせ受け取ったスパチャを定期預金に入れた、人気FPSをプレイし始めたのは男性Vとのコラボ→オフ〇コ狙いだった(成就・隣の部屋に居た男は別箱の男性V)、くしゃみでスパチャを受け取った……延々と、どこまでも真実なあたしの罪状を、地獄に行くべき理由を……

───いや自殺わぃ。あと薬も

「なんかお嫌いみたいですね、VTuberが。ていうか新しい物が」

後ろの青いのが両方とも顔色を変える。

なんだよ、恐いのかこのおっさんが

「うーん。新しい云々じゃなくてね、ちょっと悪質過ぎます、あなた達の仕事。」

実はこちらでも会議を重ねてるんです、と閻魔は言う。ここ数十年で新出した職業の中でも際立って特殊なVTuberという種族が死してこちら側に来た時どう裁くべきか、皆してほとほと困り果てているのだと言う。

モデルを被って別の存在に成りすまし年齢やボディサイズも偽り、誰も生まれていない日を生誕祭と嘯き大枚を巻き上げる……ゲームやってくっちゃべってを仕事とする厚顔無恥かつ怠惰な生態、それすらも自分のペースで休みたい放題、終いにゃくしゃみや咳払いでスパチャが飛んで同僚とイチャつけば赤スパ量産……存在自体が嘘っぱちの新興/合法詐欺集団をどう処理すればいいのかと。

全部の罪状を併せてこれまで通りストレートに裁くとすれば無間地獄の一歩手前辺り相当で、期間は800万年とちょっとが妥当だと閻魔は言う。──分からん、何を言ってるのか全然分からん。

「ちょっと酷過ぎませんか」

「酷いですよねぇ。手口があくど過ぎます」

アナログな帳簿をパラりとめくる。

「どこかと思えばまた日本。──全くあの国は」

「いやいや、そうじゃなくて」

自分の中にふつふつとした怒りが湧いてきた事に驚いた。

白く猛る、正義の怒り。仲間ごと貶められて憤慨する、単純な私。

久方ぶりのすがすがしい感情。

「仕事でやってたんです、みんな。必死で協力し合ってここまで来たんです」

閻魔はガリガリと頭をかく

「振り込め詐欺集団なんかもそうだね」

「モデルもリスナーさん達が喜ぶようにって皆でアイディア出し合って少しでも綺麗に」

「パパ活女子と一緒だね」

「ゲームだってうまくなるようにめっちゃ練習して」

「小中学生かな?」

「みんな素敵な子達ばっかりでリスナーから愛されて」

「宗教団体の教祖なんかであってもそうだね」

「石舟斎やめろォ!!!」

 こみ上げる感情のまま発した咆哮が反響する中、場内は静まり返っていた。青い奴はうつむいてるし、ギャラリーはただただゆらめいている。適当な渦巻きを中心にぴこぴこ、ぴこぴこと二コマ分の動きを繰り返しながら……

 閻魔の後方のどこか遠くの方から、微かな絶叫が聞こえる。やめろぉ、離せぇ、私は諦めんぞォォーっぶるぁあ……

「もういいです」

ちょっと好きなタイプのおっさんだっただけに落胆の感覚があった。

「もういいです、地獄でもなんでも」

こんなに分かって貰えない人と話すなんてこれ以上一秒も耐えられない。どこに連れて行かれるとしても、こっちの方が明らかに地獄だった。

「人の一生懸命が分からないなら、もういいです」

「……一生懸命?」

「……」

「あなたが?」

──いやいや、それはもう。もういいじゃないですか

「VTuberとして一生懸命活動されてたと仰る?」

──もういいから地獄に行かせてくれ。きれいな感じで終わらせてくれ

「あなたチャンネル登録者数は何万人?」

質問から入る形式をやめて欲しい。

「……」

「何万人?」

「…62万人」

「62万ね。あなたの事務所とこで一番登録者数多いの龍川さんて方だねぇ」

ブチ切れた爽快感がどんどん萎えていく。

この後何を言われるかは大体想像がついていた。


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