✔ 「①インスピレーション」の投射先を「➁従来の活動の最小単位」から「➁´広義の小プロジェクト」に格上げする事は期間当たりに要する労力はそのままに必要とされるインスピレーションの数を大幅に減らし、それに反して得られる報酬は何倍にも増やすクリエイターにとっての錬金術だ。宝鐘が活動をこの形態に改める事が出来た場合、新たな刺激が宝鐘を満たし自分で敷いたレールの上を走る強制力がヘラり期間への突入を堰き止め、道すがら出会った人達との関りが新たなインスピレーションを与える事になるだろう。それは躁と鬱を繰り返し緩やかに死に向かっていく下向きの螺旋階段を一人辿るここ数年の活動とは全く違う様相を呈したものだ。
ここに提示した錬金術を極め上向きの螺旋階段を生涯登り続ける種族を俗に『社長連中』と呼ぶ。単発のネタを連打して博打のようにどれかが当たる事を願うクリエイター達と比べるとまるで山にでも登るような面白味のない生き方をする彼らだが、YouTube上ではそちら側に鞍替えしたクリエイターしか生き残っていない事もまた事実。今宝鐘がぶち当たっている壁は現存するYouTuberのトップ達がかつて超えた壁で、VTuberのトップたる宝鐘も今正にその必要に迫られているという事だ。昭和歌謡のような話題性のあるイベントを催す事でも面白動画を上げる事でも、ヘラる事をやめて安定した活動を続ける事でも笑える雑談配信をする事でもなく、今宝鐘が実質取り組むべき課題はたったのこれ一つだ。
✔ 活動の最小単位を「➁動画・配信等従来の最小単位」から「➁´広義の小プロジェクト」に格上げする必要性は、実は宝鐘以外のあらゆるホロメン達にも生じている。この配信は今年4月に兎田の声かけで行われたにじホロ合同のコラボ企画の一部だが、物珍しさから当時は界隈の注目を集めたこの企画も今は何の余韻も残していない。参加したにじホロ各4名ずつのライバー同士がプライベートで親交を深めただとかコラボを繰り返す関係を定着させてアドを交換し合っているだとかいう事もなく、兎田を筆頭としたこの8人のこの時のアクションとそれにかけた労力は今では消滅して完全に無駄に終わっている。
兎田がこの企画を行うに当たって考えたのはせいぜい「ちょっとにじさんじともコラボしてみるか」程度の事で、やはりその「①インスピレーション」を「➁コラボ配信(群)という従来の活動の最小単位」に落とし込む形をとっている。コラボ配信企画でもやってみるかとコラボ配信企画をしたのなら、やはりそのコラボ配信企画が終われば元の着想も無に帰るしかない訳で、この企画がその後何の流れも生み出していないのは当然の結果と言う他ない。
✔ にじさんじの兎田とでも言うべき類似大型V壱百満天原を呼び出したコラボ配信。表面的なキャラクオリティで人気を博した二人の持ちリスナーの感性は似通っている筈で、定番のコラボ相手として関係を固める事が出来ればそれを交換し合う事も出来た筈なのだがまともにコラボをしたのは結局これ一回。兎田がこの時壱百満天原を呼び出す前に考えたのも「➁一回サロメちゃんとコラボしとくか」だけだ。言うまでもなく、このコラボも数カ月経ってリスナーの記憶から完全に風化した今何の意味も持たない。
兎田が「➁´壱百満天原とちゃんと仲良くなる」「➁´にじさんじのリスナーにアプローチするための定点を作る」という「➁´小プロジェクト」を打ち立てた上でそれに従ってこのコラボ以降動いていた場合、どちらの「➁´」であったとしてもそれは今頃成功している。壱百満天原は今「➁´他のVとの繋がりを強化する事」を軸に動いていて、アンジュ(地方系にじのトップ)をクラブに連れ出すだとか休止中の樋口(地方系にじの最古参)をプライベートで世話するだとかでそれに関して相当な熱を入れて頑張っている。責任を負わないように、面倒事に巻き込まれないようにと互いに背を向け合うにじライバー達を一番世代の若い成功者が何とか心変わりさせて事務所ごと活性化させようと頑張っている構図だ。
アンジュとの関わりを見ても樋口との関わりを見てもすぐ分かる事だが、壱百満天原のこの試みは絶対に失敗する。にじさんじの冷えた空気に長年浸かり続けた二人が圧倒的に最適解な壱百満天原の構想に心を開く気配は微塵もなく、同僚以上の関係を結ぼうと頑張る壱百満天原のフレンドリーなムーブは延々空を切り続けている。同僚を超えて友達を超えて姉妹や家族みたいになりたいんですのというのが壱百満天原の気持ちだがアンジュや樋口はそれに何の意味があるのか分からないし、誰かが説明して理解出来るところまで後戻り出来るフェーズをとっくに超えてしまっている。
「にじさんじの中でどれだけ頑張ってもどうやら無駄らしい」という答えにそろそろ壱百満天原も辿り着いている筈。自然外に出てどこか別の領域の誰かに手を伸ばす以外の選択肢はない訳だが、それに関して兎田以上の相手はいない。このコラボで迷わず体を張りそれこそ壱百満天満点以上の働きを見せた事の裏には明らかにその意識が存在している。
✔ 1:18:09~ 「➁ちょっとにじさんじとコラボでもしてみるか」という小さな活動を二つこなした後兎田は結局例年と同じ「➁ゲーム配信」を延々と繰り返すスタイルに戻っていて、たまに意表を突いて新しい事をやるとしても「➁上のようなしょうもない企画」が関の山だ。ゲーム配信はもちろんこんな平成のYouTuberみたいな企画をいくらやっても兎田がVとしての格を上げる事はないし、リスナーも本当の意味では感化されない。チャンネル登録者数で宝鐘に後れを取ってから各種数字がどんどん落ち続けている兎田だが、こうして何も変えないのだから当然その落ちは今後も続く。この配信は弾けるスイカ見たさで視聴回数がそれなりに回っているがそういった一時的な数字だとか、兎田をどうしてもオワコン化させたくない都民ホロ社員が当てがったソロライブや兎化計画、大型案件、Hikakinとのコラボのようなイベント事の類が今は兎田の心の支えになっている感じだろう。
クリエイターとしての伸び代が尽きたVTuber・YouTuberは数字の明確な落ちが始まってから絶頂期に行うべきだったテコ入れに慌てて手を付け始める。勢いがあった頃の知名度や世間からの期待感があったからこそ成立する筈だった事を落ちてからやっても当然意味はなく、やはりそのまま順当にオワコン化していくしかないのだが兎田も恐らくそのパターンだ。20万を切る事が増えた配信の視聴回数が10万回代前半をうろつき始めた辺りで兎田も何か腰の入ったテコ入れを始める筈だが、もちろんそれには何の意味もない。