
「もも、ちゃんと聴いているの」
「………あぃ」
いちれんの凶行をおえ、ママはいつものママにもどっていました。
「総滅家として大事なことなのよ」「昨日も言ったでしょう」
「………あぃ」
演舞場にさしこむ日の光の中で、ママは美しくかがやきます。
ママはバケモノですが、ドのつく美人さんです。
年のわりにちょー若い。
おっぱいもでっかくてぱっつぱつ。
ももは逆にしなしなです。
もうボロボロです。
顔もベタベタ
ママのお汁やあぶらで
今日はもう、帰ってふろ入ってねたいしょぞん………
「今の話、分かったの?」
「………あぃ」
「じゃあ要約してごらんなさい」
「………ん、ぁの」
「はい」
「あの、ひみつの術が、あります」
「うん」
「総滅家じきでんの」
「えぇ」
「秘匿鬼祇術って、いーます」
「はい」
「それを今日、ももちゃんにおしえます」
「ママがね」
「あぃ、ママが」「で、このことは」
「うん」
「誰にも絶対ひみつ、」「です」
「………………意外と分かってるわね」
「………あぃ」
ももは、
意外とバカじゃありません。
ママの前では
バカのふりをしています。
1.3~1.4倍ぐらい。
その方が
よろこばれるから。
「よろしい」「では早速詠唱と型を教えていくわ」
「あぃ」
「立って、鬼道指揮を取り出して」
「あぃ」
「じゃ、一旦定位置の方に………」
ももがふところから鬼道指揮をとり出すあいだに、
ママが鬼道をひろうするいつもの〝定位置〟にいどうします。
ももひとり入ってよこになれるぐらいでっかい
神棚のすぐしたです。
演舞場もでっかいです。
ドッヂのしあい
よっつぐらい、
ドッヂにできるぐらい………
「よいしょと、」「はいはいはい、、、、」
細くて背が高くて、しゃんとしていて、
ぷりぷりのお尻ふりふりしつつの
モデルあるきです。
はなれてみるとやーぱり
イイおんなです。
黒の覇装に
ピンクのざっくりゆるふわまき髪が
さいこうに似合っています。
ママは、ゆいしょ正しき鬼道宗家、
総滅家の女ボスです。
ほんとはパパが当主だけど、
じっしつママがボスです。
鬼道の腕はパパのが上だけど
せいじ・つき合い・じつむ
その他もろもろ全部まわしているのは
ママです。
ママは、
パパといっしょに昔
鬼道大帝のさいしゅーせんこーにまで
残りました。
バケモノだけど
そんけーしてます、じっさい。
「もも、ぼやっとしない」
「………あ、」
とおくはなれてただのイイ女になった
ママのけつを目でおっかけてたら
とおい世界にいっていました。
「秘匿鬼祇術はいくつかの術式が合わさって一つになっているんだけど、」「詠唱自体はそんなに難しくないから」「出来そうなら型ごと今追詠唱してちょうだい」
「あぃ!」
「うん、いい子」「じゃあいくわよ!」
両脚を肩幅に開き、右手に持った鬼道指揮を顔の左側まで持って行き、
ほぼ垂直に立てて、
ママがいいます。
「秘匿鬼祇術の一番は三倒波の型よ」
もももどうように三倒波でかまえます。
「ここでまずは一つ目の詠唱」
「あぃ!!」
「〝に゛ぇ〟!!!!」
「〝に゛〟………」
………………………んぇ?
「詠唱と同時に左から右に素早く鬼道指揮を払ったら一旦止めて霊力を込めます」「大体蒼火墜を八分で撃つぐらいの込め方でいいわ」
「………あ、」「あぃ」
さっきの詠唱がよく分からなかったけど、とりあえずしたがうことにしました。
ひだりからみぎに指揮を切ります。
「込めながら二節目の詠唱!!ここは」「〝に゛ぇに゛ぇ〟!!!!」「よ!!」
「ふぇっ!?」
………………………ママ、
何言ってる…………?
「十分込めたら最後は三倒!!指揮を前に突きながら、」「〝に゛ぇに゛ぇに゛ぇに゛ぇーーーーー〟!!!!!!!!!!」
………………………
………………………
………………………静かな時間が、
流れます。
昼下がりのこもれびの中、
庭の木々たちがザワザワァ………と、
音を立てます。
「…………………」
「ママぁ………?」
ママは、三倒目で鬼道指揮を前方にむけてまっすぐ突いたかっこうのまま、
微動だにしません。
「ママ………」
ぱっと姿勢をといて、ももに背をむけて神棚を見あげます。
「いい?ももちゃん」「付いて来てる?」
「ママ…………」
「…………………」
ママは、ももに目を合わせてくれません。
「ママぁ………」
「じゃ、次は二つ目の術式よ」
「ママ、」
「次は押輪堂なの」
言いながら左足を一歩前に出して斜に立ち、
開いた左手を前に突き出して目の高さで前方にかざし、
右肘を引いて鬼道指揮を握った拳を顔の右側につけ、
指揮の先端で左手の親指と人差し指の間に狙いをつけます。
押輪堂の型です。
「ね、ママ」「あの、」
「ここからは何かを練る作業ね」「恐らく具現化した術式が、霊力後込めで威力を上げていくタイプなのよ」
「おそ、、、」
らくって言った………いま。
「ママ、あの」「待って、」
「…………………とぉよび」
「へ?」
「お母ぁーーーー様とお呼び!!!!!!!!」
「ひゃっ!!!!!!!」
………………………
………………………
………………………お母ぁーたまの
やっていることは明らかにおかしかった。
だって〝に゛ぇ!!〟なんて
鬼道の詠唱にあるわけないから。
〝おそらく〟っていったけど
ということは
ママはこの術を
となえたけっかをしらない。
………………………そらそうよ。
〝に゛ぇ!!〟とかそんなんで
鬼道なんかはつどーするわけないもの。
おかしいよそんなん。
鬼道じゃないよそんなん。
「おぱんたま、」「あの」
「ここからはただ霊力を込めながら詠唱していくだけよ」
押輪堂をキープしたまま右手の鬼道指揮で、
左手の親指と人差し指が描く弧を延長した円を
遠隔でなぞるようにぐるぐると
何度もかき混ぜていきます。
「いくわよ詠唱!!」
「…………………」
「〝に゛ぇっ〟!!」「〝に゛ぇに゛ぇっ〟!!〝に゛ぇに゛ぇっ〟!!゛に゛ぇに゛ぇっ〟!!゛に゛ぇに゛ぇっ〟!!」
「……………………ママぁ」
「〝に゛ぇに゛ぇっ〟!!〝に゛ぇに゛ぇっ〟!!゛に゛ぇに゛ぇっ〟!!゛に゛ぇに゛ぇっ〟!!」
「なに、」「してるのぉ………?」
ママは体幹のしっかりしたお手本のように美しい押輪堂をたもったまま
〝ギュンギュン〟と右手を回転させながら
汚ったない声で
わけの分からない奇声を
上げつづけていました。
「〝に゛ぇに゛ぇっ〟!!〝に゛ぇに゛ぇっ〟!!゛に゛ぇに゛ぇっ〟!!゛に゛ぇに゛ぇっ〟!!」
カエルが潰れたような声で
「〝に゛ぇに゛ぇっ〟!!〝に゛ぇに゛ぇっ〟!!゛に゛ぇに゛ぇっ〟!!゛に゛ぇに゛ぇっ〟!!」
春先の夜中に近所でけんかする猫のような声で
「〝に゛ぇに゛ぇっ〟!!〝に゛ぇに゛ぇっ〟!!゛に゛ぇに゛ぇっ〟!!゛に゛ぇに゛ぇっ〟!!」
覇装の合わせ目からのぞく(わざとのぞかせている)豊満なおっぱいが、
ぶるんぶるんと
揺れています。
「…………………ふうっ」「こんなもんかしらね」
「…………………」
またぱっと神棚の方をむき、
ももに目を合わせません。
「…………………」
「…………………ももちゃん、」
「…………………」
「…………………追詠唱しないとォ」
「ママ」
「…………………」
ママは鬼道指揮の中ほどを左手でコスコスと擦りながら
ももに背をむけたまま言いました。
「…………………ももちゃん、」
「…………………あぃ」
「…………………ママはね、」
「…………………あぃ」
ザワザワァ………と、
庭の木々が
音を立てます。
「…………………これを覚えることで」
「…………………」
「総滅家へ嫁ぐことを」「許されたのよ」
「ママぁ!?」
おさえていた思いが
どっとあふれ出しました。
「ママ、」
「……………うん」
「鬼道じゃないよぉ、こんなの」
「……………うん」
「何?〝に゛ぇ〟って」
「……………知らない」
「あんなんで術発動しないよぉ」
「……………うん」
「どんな術なの?何が出るの?」
「……………知らない」
「二つ目の術式は何してたの?何に霊力こめてたの?」
「……………知らない」
「ママはどんな気持ちでやってたの?何がしたいの?」
「……………分からない」
「総滅家ってバカなの!?」「バカの家なの!?」
「……………そうなのかもね」
「おかしいと思わなかったの!?最初に習ったとき」
「ももォ!!!!!!!!」
「びゃっ!?」
ママはまたももに背をむけて
両手を腰に当て、
神棚を見上げます。
「人生にはね」
「ひゃぅ………」
「どうにもならないことがあるの」
「……………ひゃぃ」
「もも、」「ママはね」
神棚を見上げたまま
ふぅーっと、息を吐き出します。
「鬼道が好きよ」「心から」
「…………………」
「愛しているし、尊敬もしているわ」「本当に」
「…………………」
「鬼道というものを」「この道そのものを」
「…………………」
なら、どうして
「だからもちろんやりたくないわ、さっきみたいな」「アホな健康体操みたいなやつは」
「…………………」
アホっていうか、
アホっていうか、、、、
「でも総滅家として生きていく上で」「避けては通れないのよ」「さっきのやつは」
「…………………」
「……………ママはね、」「ここに嫁いで来た日に」「お祖父ちゃんにコレを習ったわ」
お祖父ちゃん
杉造じーちゃん……………
事故でずっと前に死んじゃった、
ももが大好きだったじーちゃん。
すごく優しくて
ももの言うことならなんでもきいてくれる
ちゅーじつな
ももの子分。
「想像してごらんなさい、あのお祖父ちゃんが」「さっきのやつをやってる姿を」
「…………………」
「考えてもごらんなさい、まだうぶで世間知らずな娘が」「玉の輿叶ってうきうきで嫁いで来たその日に」「そこの家長にあんなものを見せられた時の気持ち」
「……………もういい」
「もも、」
「聞きたくない」
ももは、
次なる危機を回避すべく動きはじめました。

