いつまでも 手をつないでいられるような気がしていた
何もかもがきらめいて がむしゃらに夢を追いかけた
喜びも悲しみも全部 分かちあう日がくること
想って微笑みあっている 色褪せたいつかのメリークリスマス
──────『いつかのメリークリスマス』B’z
✔ 12月も後半に差し掛かり、いよいよ年末の空気が漂ってきた。この仕事を始めてから7年、何のシーズンでも結局やることはいつも同じだからこういった季節の催し事には本当に無頓着になったけど、それでも毎年この時期だけは少し浮足立っている自分に気が付く。
つけっ放しにしているPC画面からは今月で事務所を辞める後輩が、そのまた後輩との卒業前タイマンコラボで何やらメッセージ性の強いことを声高に叫んでいた。
『戦いましょー!同僚のみんな!』『リスナーのみんな!』
『ちょ、ちょ、ちょちょ、ちょっと先輩、』
『負けてはなりません、運営の暴虐に!』『立ち上がるのです!』
『先輩、やめるでごじゃるよ、』
『私は戦いに敗れ断腸の思いで去りますがー!』『残された皆々様方に問いたい!』『あなた方が仕えているのは推しなのか!事務所なのか!』『それとも運営なのか!』
『せ、せ、せ、先輩、ホラ』『ごじゃる特製クリスマススペシャルメニュー!』『食べましょ、』『ね?』『冷めちゃうから、』『鳥の足とか』
『三者を一様にしてはなりません!』『運営は悪!』『運営は他二者を虐げ啜る暴虐の徒!』
『せ、先輩ぃ~、、、』『やめてください、先輩ぃ~、、、、』
『真実を見極めなくてはなりません!』『嘘を言い欺瞞を働いているのは私か運営か、それとも派閥か、』『はたまたアンチかァ、、、、!』
『最後なんだからやめてくださいぃ~、、、、』『どうしちゃったんですか先輩ぃ~、、、、』
あまり興味を向けていなかった後輩なので運営に対して何をそんなに怒っているのかはよく分からなかったけど、どうやら気が付いていないことだけは確かだった、自分が会社を切ったのではなく会社に自分が切られたのだということに。Vブームの去りと共に運営がここ数年で押し進めている受動的リストラ計画『PROJECT.MOTO』…………「仕事を振った上で放置して振り回す」「無能な社員を専属マネージャーに付けて活動を立ち行かなくさせる」「やること為す事わざと下手にプロデュースし全てのアクションを不振に終わらせる」「〝数字〟を理由にネチネチと圧をかけ給料を断続的に下げる」…………全て生産性を伴わない人員に自主的な退社を促すことを目的とした運営の策だ。「生産性を伴わない」を「自分が好きじゃない」と取り違えたアホな社員が重要なメンバーも間違えて何人か送り出してしまったけど、まあ問題ない。業務を縮小すれば事務所はこの先10年でも20年でも安定的にやっていけるし、私らクラスの重要なメンバーが食いっ逸ぐれることはまずない。
『私にはぁ、、、』『ウッ(泣』
『せ、先輩…………?』
『夢がありましたァ、、、、』
『せ、先輩……………』
『いつか地元さいたまスーパーアリーナでの凱旋ライブ、、、、』
『………………』
『いつの日か武道館にも立ち、総動員数ウン万人で星街超え、』
『………………』
『紅白にも出て、レコ大にも出て、』『行く行くは歌で世界を変える歌姫に、』
『寝言は』『寝て言うでごじゃるよ、先輩』
『ウぅ~(泣』
『大人しく最後までゴリラキャラやって潔く去っていくでごじゃる』
『ウぅ~(泣』
この…………名前は何だったか。
天……………
天……………
………………
………………天、
………………なんか、
天晴、
ひなた?
天晴ひなた?
みたいな?
名前の後輩は卒業を発表して以降運営に対する糾弾的物言いが多過ぎたので、恐らく脱退後運営に消される。運営は夢見がちな業種に寄り集まったバカな人員がさじ加減で回しているだけのいい加減な団体だと世間はおろか所属ライバー達にも思われているけど、自社の脅威になるような存在に対しては法の力を超えて対処することも厭わない。
今のところ運営が「超・法的な対処」を適用した所属ライバーは一人だけだけど、彼女が具体的にどうなったのかは私も知らない。LINEもDiscordも交換していたけど脱退の翌日には両方共プライベートアカウントごと消えていて、その後気になったのでデビュー前にやった飲み会の後に一度だけ上げてもらった部屋を訪ねてみたらそこも引き払われていた。その後全く連絡は取れず、知る限り転生もしていないので未だ完全に消息不明のまま……………いつも私には(他の諸・所属ライバー達とは違い)何でも共有してくれる運営スタッフも「やめた方がいいですよ」と一言言いその話題に触れることを制したきり何も教えてくれない。
多分この、
天晴?
もきっとあの子と同じ扱いになる。〇されるのか飛ばされるのか売られるのかは分からないけど、一月後には何かしらの意味でこの世から消える。
うちの運営はそういう会社だ。物凄い額の金を持っていて、だからおよそ思い付く限りか、それ以上のことが何でもできる。
世の中本当に金なんだな、とはこの仕事に就いて以降本当に(その言葉が持つ本来の意味以上に)痛感させられる。
〝ピロリンッ〟〝ピロリンッ〟〝ピロリンッ〟
反射的に立ち上がり、近くの壁にあった操作盤のモニターを一瞬確認した後「解錠」ボタンを押す。
『さ、握手しましょ』
『ウぅ~(泣』
『さっさとやっちゃうでごじゃるよ、例のやつ』
『ウぅ~(泣』
『さっさと握りつぶしちゃってくだされ』
『もういいんだよォ!そういうのォ!』
『やれって、もう』『それしかねぇんでごじゃるんですから』
『やだ!』
『ほらほらもう、』『こうして手を握り合わせてぇ~、』
『ウぅ~(泣』
『ぎゃ!痛ぇ!』『握力はぁ~?』
『ウぅ~(泣』
『59.9キロ―、』『つって』
『ウぅ~(泣』
『やれよ、もう』『それしかねぇんでごじゃるんですから、先輩には』
『…………や、』『やんなきゃよかった…………』
『うん?』
『やるんじゃなかった、最初に』『握力キャラ、とか…………』
〝ピーンポーン〟
ドアチャイムが鳴る。
「はぁーい」
玄関ドアに向かいながら
早くも軽く後悔する。
「(……………返事しちゃった、)」「(大きな声で)」「(嬉し過ぎて……………)」
〝ガチャッ〟
〝ドサドサッ〟
ドアを開けると、何やら大量の付属物を引き連れて彼女が玄関口に雪崩れ込んできた。
「わっ、」「何、何これいっぱい………」
〝ドサドサッ〟〝ドサッ〟
この季節に重宝されがちな色々な有名小売店の袋が玄関の床に次々と着地する。
「ふゥ~、、、」「重かったちょろ~、、、」
「…………………」
こいつの体の匂いに冬の外気がブレンドされた香りが
玄関フロアに充満した。
「お待たせちょろ、お前さま」
「…………………」「うん。」
今日は7度目のクリスマスパーティー。
私とコイツが付き合いだして、
ちょうど7度目の記念日だ。

