※ネタバレを含みます
【 ◆◆長所・視聴するメリット◆◆ 】
【①CGアニメ最高峰の作画・アクション】
【➁MCU(マーベル系の映画シリーズ)を追ってきた視聴者へのサービスシーンが豊富】
【 ◆◆短所・問題点◆◆ 】
【①ほとんどのエピソードがストーリー面で貧弱。無理矢理作った感が否めない】
【➁マニアックなキャラにスポットを当て過ぎていて盛り上がりに欠ける】
【 本文の要約 】
MCUのパラレルワールドを描く「ホワット・イフ…?」はMCUの全作品を繰り返し観てきたようなコアなファンに向けて作られたマニアックな作品だが、細かすぎるメタネタ(セルフパロディ、身内ネタ)を入れ込む事に拘る余り物語としての面白さはほとんどなく、コアなファンすらをも置き去りにする本末転倒な作品になっている。
【 本文 】
「ホワット・イフ…?」はMCUで描かれた物とは違う次元の宇宙を舞台に、MCUお馴染みのキャラクターやシチュエーションに改変を加えて物語を紡ぐ連続CGアニメ作品。人気作品の違う次元版を作るのはマーベルのお家芸だが、その実態はヒット作から利益をしがむ事が目的のかさ増し作品である。主人公の性別を変えたりキャラの立場を入れ替えて作品化すればイチからストーリーを組み立てる手間が省け、本家の人気のお陰で視聴者も楽々獲得出来る。大作CGアニメ映画「スパイダーバース」は有名だが、スパイダーマン一つとっても「違う次元の違う時代には性格や能力の違うもう一人のスパイダーマンがいて…」みたいなエピソードが無数に存在する。安易で強引な手法だが内容が良ければ普通に楽しめてしまうのは少々悔しい所だ。本作は9つのストーリーから成るドラマシリーズなので、それぞれに分けて批評していきたい。
【第1話「もしも…キャプテン・カーターがファースト・アベンジャーだったら?」】10点
MCUのキャプテン・アメリカシリーズ第一作「キャプテン・アメリカ/ザ・ファースト・アベンジャー(2011)」をベースに、超人血清を打たれてスーパーソルジャーになるのがスティーブではなくヒロインのペギーだったら…?と展開していくストーリー。CGアニメ作品だがキャラクターやシーンの一つ一つはオリジナルの「ファーストアベンジャー」をそのままトレースしたかのようだ。ペギーがキャプテンを務めている事以外大体は本家と同じ筋書きを辿るので新鮮味や意外性はあまりない。体を無理矢理大きくしただけのペギーは見た目に華がなく、スティーブ版キャプテンより高い戦闘力で大暴れする姿はキャプテンと言うよりハルクのようでどうにも受け入れ難い。「超人血清を打ち込む施術の際、血清の一部を外に持ち出さんとする敵国スパイを阻止する事が出来たのでペギーにはMCUでスティーブが打った量より一本余計に血清が打たれている」という描写がされているように見えるが、MCUでスパイが持ち出した血清は装置ではなく脇のラックに予備として保管されていた物なので、スティーブとペギーに打たれた血清の数は同じ筈なのだ。男女で処方量の違いでもあるのだろうか。よく分からない。
オリジナル版との違いは「主人公を男性から女性に変える」だが創作物の主人公にあえて女性を据えるような動きはこの10年弱ハリウッドで擦り倒されている流行りである。映画のみならずアメリカ産のドラマやビデオゲーム作品には近年男より強い女が主人公として配置されている物が多々見られる。これは「今まで差別を受ける立場にあった女性を盛り立てていこう」という発想による物だが、女性に男性らしい長所を無理矢理付与して「男よりすごいからすごい」と賛美するのは女性本来の長所に結局目を向けないまま雑に持ち上げている事に他ならず、新種の女性蔑視なのではないかと私は思う。強く毅然としているものの本質的に女性らしいペギーをムキムキにしてハルクのように暴れさせる事はペギーらしさを殺しているし女性ならではの長所も含まない。髪型や衣装を変えるとか武器や戦闘スタイルを変えてペギーならでは、女性ならではのスーパーソルジャーを作る事は出来た筈だがその手間は惜しまれたようで、「とりあえず主人公を男から女にして、それだけじゃ弱いから本家より強くしとくか」という安易な手入れで雑コラのようなしょうもない作品が出来上がってしまった、そんな印象だ。
映像は美しくアクションもヌルヌル動く超高品質なアニメ作品だがストーリー部分から得る物は何もない。シーズン最終局面への前フリに過ぎないエピソードだとしてもあまりに残念な出来だと言わざるを得ない。
【第2話「もしも…ティ・チャラがスター・ロードになったら?」】11点
「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズをベースに、「幼少期ヨンドゥにさらわれたのがクイル(スター・ロードの中の人)ではなくティ・チャラ(ブラックパンサーの中の人)だったら…?」と展開する筋書き。クイルと違い人格者で正統派なリーダーとしてのカリスマに溢れるティ・チャラがスターロードになる事でラヴェジャーズはまとまり、MCUのラスボスサノスすら懐柔して組織は拡大の一途を辿っていく。
正直ティ・チャラにスターロードをやらせて何が面白いのか全然分からない。まともなリーダーを中心に据えて健全に運営されるラヴェジャーズに面白味は無く、ファンへのサービスとして配置されている改心したサノスやそれによって人体改造を免れたネビュラも別段見所のあるキャラクターにはなっていない。マジレスする所ではないかも知れないが、そもそもいかに人格者のティ・チャラと言えどサノスを改心させる事など絶対に無理である。
黒人を主人公に据える、というのは第1話で女性を主人公に据えたのと同じ「差別を受ける立場にあった人々を盛り立てる」という流行りから来ているが、作品が面白くなくなってしまうのなら流行りになど乗るべきではない。「流行りだし黒人キャラを主人公にしてみるか」という安易な改変は結果何のシナジーも生み出しておらず、大枚をはたいて一体何を作っているのかと残念な気持ちにさせられる。
無改造のネビュラや体を鍛えて強くなったコレクター、MCUでそれ以下の扱いだったモブ同然のキャラにも見せ場を与えているが、いかにコアなファンでもそんな事では喜ばないだろう。「シリーズを愛していて隅々までよく知っている=細かいメタネタで喜ぶ」ではないのだ。スターロード・ティチャラはシーズンの最終局面でも大した役割を担っておらず、本当に何のために作られたのか分からないキャラクターになっている。
【第3話「もしも…世界が最強のヒーローたちを失ったら?」】61点
アベンジャーズ結成前、長官ニック・フューリーがチームにスカウトするつもりだったヒーロー達が一人、また一人と暗殺されていく。姿を見せないままハルクやソーといった猛者達をも次々と始末していく凄腕の暗殺者の正体とは、そしてその目的とは一体・・?という筋書き。
時系列は「アベンジャーズ(2012)」の前で、フューリーやブラックウィドウ等シールドのメンバーがヒーロー殺しの犯人を探るミステリー仕立てになっている。全エピソードの中で話が一番よく出来ており、普通に楽しめる。主人公はよく知っているフューリー長官で、1話や2話のように無理矢理作った雑コラのようなキャラクターの活躍を延々観ずに済む。馴染みのあるアベンジャーズのメンバー達が殺されていく展開は衝撃的だし、犯人の正体はかなり勘のいい人でも読めないだろう。
多次元物のストーリーはこの第3話ぐらい本家と地続きになっているのがいい。あまりに強い改変を加えてしまうとキャラや舞台だけが同じな全く別の作品のようになってしまい、本家のファンが付いて来れなくなってしまう。ファンの好きなキャラや本家の設定を生かしたまま少しだけ改変を加えてパラレルワールドを作る、という姿勢で他のエピソードも製作されていればよかったのだが。
余談になるが誰もが暗黙の了解で無かった事になっていると思っていた「インクレディブル・ハルク(2008)」がなんと舞台になっている一幕があり、そこに登場するブルース・バナーがエドワード・ノートン(インクレディブル時のブルース役)とマーク・ラファロ(現ブルース役)を足して2で割ったような見た目をしているように見えるのは私だけだろうか。本シリーズに含まれるメタネタは細かい上にズレている物が多くかなりうんざりさせられるが、ブルースをノートンに寄せる心遣いがあったのだとすればノートン版ブルースも好きな私としては拍手喝采を送りたい。
【第4話「もしも…ドクター・ストレンジが手の代わりに恋人を失ったら?」】6点
これは本当に面白くない。映画「ドクター・ストレンジ」を舞台に、序盤の事故でストレンジが手を怪我する代わりに車に同乗していたヒロインのクリスティーンが死んでしまい、映画とほぼ同じ筋書きを通った後クリスティーンを蘇らせる為にストレンジが闇堕ちしていく、というストーリー。
ヒロインが死んでしまった事で闇堕ちする主人公というのが凡庸過ぎるし、時間を巻き戻して大事な人を死から救おうとしてもどうしても無理で、何度やり直しても同じ結果になってしまうという形式自体が使い古されていて面白くない。二人のストレンジが戦う最終局面も画的に面白くないし、中身がないくせにご都合主義的に何でもありでやたらとスケールが大きいという、マーベルの「魔術」のよくない所が全面に出ている。
このエピソードはシーズンの最終局面で最重要戦力になる「闇堕ちストレンジ」を創出するために作られた物で、ストレンジを二人に分けたのも彼の次元が滅びたのもそのための布石である。オチから逆算して前フリになるエピソードを作るという事自体に問題はないが一つの創作物である以上最低限の面白さは保っておいて欲しいものだ。
後編に続く↓