【A.week前半に行われた本命的企画、「マリンの家でオフコラボ」】
【B.兎田が手料理を振る舞い宝鐘がそれを絶賛する流れ。全体的に”デレ”の色合い強め(6:35~】
【C.2022年10月、オフコラボで家に来た兎田を泊まらせたい宝鐘と帰りたい兎田の攻防(2:31~】
✔ 「ぺこマリweek」の企画主旨を一番簡単な言い方で言い表すと「”ぺこマリ”を一週間やり通す企画」だが”ぺこマリ”は何年も前からホロに存在する既存の要素なので当然「ストック」の一種だ。「ストック」を「一週間やり通す」と言っているのだから「ぺこマリweek」はもちろん『ストック活用方式』の産物。──────つまり構成している配信一つ一つではなく「ぺこマリweek」という発想自体がそもそもの間違いだった、ということになる。
“ぺこマリ”というユニットに対してホロリスが最も多くの需要を寄せていたのは私が知る限り2022年10月、2年程前の「泊まっていけよ」「いや帰る」の攻防【C】があった時点からおよそ半年~1年の期間だけで、それ以降守りを固め過ぎた兎田に宝鐘は冷め焦らされ過ぎたリスナー達は飽きてしまい、その状態でさらに中途半端に案件等で擦ってしまったことで”ぺこマリ”に対する需要は全く高くはなかった。──────そこからさらに1年以上も経って「ぺこマリweekやります!」「なんと1週間毎日………」などという触れ込みで始めてもリスナーが沸く訳がない。
さらに”ぺこマリ”への需要が高まる切っ掛けのタイミングで行われた「泊まっていけよ」「いや帰る」の攻防【C】の中で「宝鐘は攻め」で「兎田はツン」だ。宝鐘が追いすがっていて兎田がそれを前蹴りするパターンがウケて”ぺこマリ”への需要が高まったのに今回行われたのは【B】みたいな「双方デレ」の絡みばかりで、これでは話が全く違う。ぺこマリは今回「ぺこマリweek」で構成メンバーが同じなだけの全く違う商品をリスナーにお届けしている。
✔ リスナーが”ぺこマリ”に求めていたのは従来こういう絡みで、「兎田が自分から宝鐘の家に積極的に上がり込んでいく」とか「うまっ」「ほんと?よかった……///」とかそういう要素ではない。従来の絡みには「性欲に任せて暴走する宝鐘」と「ぺこ虐」という二つの面白要素があったが今回それはない。兎田の”ぺこマリ”へのやる気が兎田自身を宝鐘に向かい合わせ、リスナーがこの組み合わせを求めていた最たる理由二つを削除してしまった形だ。
✔ 「当初は一方通行な関係だったものの」「拒絶していた方が途中でデレて」「最終的には両想いになった」と言えば”塩シャチ”だが、紫咲が沙花叉に対してデレていく過程は一続きの人間ドラマとしてリスナーに提示されている。「紫咲って意外と押しに弱いんだな」「ゴリ押しで女子を落としてしまえるなんて、沙花叉は女子から見ても魅力的な女子なんだな」「女子同士のこういうのって本当にあるんだ……」等、リスナーはそこから様々な成分を接種出来、結果当然の流れとしてこの組み合わせを推すし、認めて受け入れることも出来る。
対して兎田の「宝鐘を前蹴りし続ける」→「デレて家に上がり込んで手料理まで振る舞った」の間にはストーリーがない。理由は兎田が「このユニット(=”ぺこマリ”)を頑張って擦ろう」と決心して意図的に振る舞いを変えたからだ。だから宝鐘にベタベタと寄り添う兎田からは作り物の臭いしかしないし、何より急な変化過ぎてリスナーが付いて行けない。
“塩シャチ”を例にとってみると、沙花叉からの変態じみた”押し”を紫咲が「せっかくの機会ですから、じゃあ」と意図的に向き直って受け入れ始めたら萎えるだろう、という話だ。Vのリスナーは全体的にアホではあるかも知れないが”嘘”や”ご都合主義”を嗅ぎ分ける力だけは卓越していて、とにかくそれを嫌う。
「1.沙花叉がデビュー前に紫咲を好きになったこと」「2.デビューしてすぐ直接的に想いを伝えたこと」「3.その方法が情熱的と言うより変態的であったこと」「4.当然の結果として紫咲がそれを嫌がったこと」「5.それでも沙花叉がその方法を断行したこと」「6.押されるうちに徐々に紫咲が絆されていったこと」塩シャチを構成するこれら「1」~「6」の要素は全て本人達によるアドリブ的要素で、あらゆる過去の要素(=ストック)と関連していない『スクラップ・アンド・ビルド方式』による産物だ。様々な「ストック」に縛られ嘘臭いガン萎え”ぺこマリ”を作ってしまった兎田と自分達の感覚による判断のままに押し進めて最後まで変わらず愛され続けた”塩シャチ”、『ストック活用方式』が間違いで『スクラップ・アンド・ビルド方式』が正道である証明がまた一つ、だ。
✔「旬を過ぎたコンビでの大型企画」「メンバーだけ同じで主旨は完全に異なるユニット」という失敗作二つを今回ぺこマリの二人が生み出してしまった理由は「①湊の脱退を受け発破のかかった二人が」→「➁”ぺこマリ”という(ピークを過ぎた)人気ユニット(=ストック)に安易に手を伸ばしてしまったから」だ。「何かやらなきゃ」→「じゃあ(人気の)ぺこマリやるか」という流れるような発想が事前にあった訳だが、兎田に関してはそこにさらに前出の『ホロメンの絆』という「ストック」まで重ねてしまい、「宝鐘に対してデレる感じで絡む(=仲が良い感じにする」という余計な補正をさらにかけてしまった形だ。──────『ストック活用方式』を用いれば用いただけバッドルートに踏み入ってしまう法則が見える。
構成している配信の一つ一つばかりかそもそもの発案自体がズレていた「ぺこマリweek」だが、成果物と言えなくもないものが二つだけある。──────一つは「a.”ぺこマリ”の二人構成で凸企画が行えたこと」、もう一つは「b.ぺこらマミーと宝鐘のコラボが決まりそうなこと」。どちら共前例がない方向に可能性が伸びている要素で、擦ったり推し進めたりすることで全く新しい何かを生み出せる見込みがある。
「a」「b」二つの成果物の共通点は「”ぺこマリ”というユニット自体を擦った」のではなく「”ぺこマリ”というユニットを二人が利用した」結果の産物である、ということ。「a.凸」はこの二人の構成で臨めば絡むことに旨味を覚えないV(もしくは無視出来るV)はいない点を利用して行っているので「”ぺこマリ”というユニットを利用している」企画で、「b.ぺこらマミー」は宝鐘が「”ぺこマリ”二者間のコネを利用してマミーに迫っている」のでやはり「”ぺこマリ”を利用している」企画と言える。
「”ぺこマリ”」は言うに及ばず「ストック」なので、「”ぺこマリ”を利用する」は言い換えれば「”ストック”を利用する」になる。
「ストック」は『活用』してしまう(=それ自体を売りとして擦る、企画・配信のメインテーマとする)と悪い結果しか生み出さないが、『利用』するとこうして正の結果を生み出すことがままある。
今回のぺこマリ二人のミスは「”ぺこマリ”をメインテーマとした企画をやろう」と考えて「ぺこマリweek」を組んだことだが、「”ぺこマリ”を利用して何か新しくて面白いことをやろう」と考えて7本前後の配信を企画していた場合、恐らくそこには全く違う結果があった。「ストック」は場合により新しくて生産的な何かの”材料”や”手段”になることはあるが”主武器”、”メインテーマ”には絶対にならない。──────”ぺこマリ”という業界の有史以来最大のV二人を組み合わせた最強の「ストック」でさえも。やはり「ストック」をただそのままの形で使い擦る『ストック活用方式』はすべからく愚策、絶対的な悪魔の手だ。