✔ チャーミング過ぎるブラッド・ピットの魅力に注目。これが世界で最もイケてる還暦だ!
✔ 世界に誇る日本のスーパーホスピタリティ乗り物「新幹線」を舞台に世界で最も有名な日本の二大都市「東京」→「京都」間を往くニッポン万歳映画。外国人による日本賛美に目が無い方にお勧め。
✔ 複数の殺し屋を一か所に集めて殺し合わせるだけのおバカ映画だが作風が振り切れていない。ストーリーが進んでも作品のボルテージは上がり切らず爽快感は今一つ。
✔ ミステリー要素や会話パートに時間を割き過ぎ。観客はこの映画にそんな物を求めていない。
✔ 「ジョン・ウィック(2014)」「デッドプール2(2018)」を手掛けた監督にしては物足りないアクション。狭い車内でダイナミックな動きが抑制され、全員が銃やナイフでの没個性な動きに終始する。
✔ 日本のあれこれを賛美するシーンがいくつも出てくるがそのほとんどが浅く、見飽きた物ばかり。ハリウッドお得意のインチキ日本もてんこ盛り。
✔ 「ブレット・トレイン(2022)」はブラッド・ピット主演のスリラー/バイオレンスアクション映画。東京発、京都着の新幹線を舞台に乗り合わせたアウトロー達の攻防を描くストーリー。監督は「ジョン・ウィック」、「デッドプール2」等を手掛け、ブラックユーモア溢れる爽快なストーリーやリアル志向のアクションシーンの構築に定評のあるデヴィッド・リーチ。映画タイトルの「ブレットトレイン(Bullet Train)」は「弾丸(Bullet)の飛び交う列車(Train)」ではなく「弾丸のように速く走る列車=日本の新幹線」の意。
✔ 日本が世界に誇る売りの一つ「新幹線」を舞台に「トウキョウ」から「キョウト」間を旅する本作は誰の目にも明らかなニッポン賛美映画だ。監督かプロデューサーの誰かが東京~京都間を新幹線で往く日本旅行をした際に感化された部分を映画に投射したくなり、うまい具合にストーリーが合致している伊坂幸太郎作の原作小説に白羽の矢を立てた。そんな製作決定までの過程が目に浮かぶ程にこの映画に出てくる「日本」は浅く、薄っぺらい。ブラピが新幹線に搭乗するまでのシーンの各所に現地でロケを行ったように見受けられる部分が幾つかあるが乗ってしまってからはハリウッド映画でよく見るインチキ・ジャパンの連続だ。「これは中国のだろ」と呟きたくなる程面妖なゆるキャラとのタイアップ車両は異様なネオンカラーで装飾され乗客は半分以上が白人か黒人、残りの日本人達は皆いやに肌が浅黒く男性は細い目に丸眼鏡、若い女性は青山テルマみたいな色に髪を染めており非常に心がザワつく。私ならこんな気持ちの悪い国に旅行になんて絶対に行きたくない。
日本を舞台にしたハリウッドのアクション映画と言えば何はともあれ「ヤクザ」だが、それと同等に頻出する真田広之はやはり元々ヤクザの構成員だったご身分でいつもと同じように日本刀を振り回して大暴れするが、今回はGoogle翻訳並の日本語を喋らされていて少々可哀想だ。彼が過去属していたヤクザ組織やその下部組織の構成員達が静岡や名古屋、そして京都で姿を現すが鋲付の革ジャンに金属バットを持った半グレ集団が新幹線の発着場でたむろし、スーツ+日本刀というよく見るスタイルに鬼の面頬(戦国・江戸等の武将が口のみを覆う形で装着したマスク型の鎧)を合わせた戦闘員達が最高速で走行する新幹線の天井にキャプテン・アメリカ並の身体能力で張り付いて運転席を目指して這って来る光景はナンセンス過ぎて最早笑えない。監督は「ファンタジーですから」と言うがこれはモノマネ芸人が「昔からファンです」の言葉を免罪符に本家を好き勝手凌辱するのに等しい行為だ。本作は高々と日本賛美を掲げていながらその「インチキ・ジャパン」度合いは日本を舞台にしたハリウッド映画の中でも群を抜いて酷い。真田広之演じる「エルダー」の息子役を「スネークアイズ(2021)」でストームシャドーを演じた売れっ子俳優が演じているがこの流れを見ると彼は今後ハリウッド産インチキ・ジャパン映画の担い手になっていくのだろう。だとすればもうちょっとまともなイントネーションで日本語が話せるように訓練の一つでもして欲しいものだ。本作を劇場にて字幕版で鑑賞すると彼の日本語台詞だけ何を言っているのか本当に聞き取れない。
逆にこの映画に出てくる「リアルな日本」は「ウォシュレットはもちろん温風乾燥機能や音声案内まで付いた高機能過ぎるスマートトイレ」や「運賃の割に綺麗で静かでホスピタリティ溢れる新幹線の車内」、「意外とお辞儀しない日本人」「新幹線車内で販売されている高過ぎる飲食物」「乙な味で食べ始めると止まらないワサビ味スナック」等だがどれもこれも本当に浅く、「ニッポン賛美映画」の日本の描写としては弱過ぎる。これが冒頭に書いた「製作陣の誰かがたった一回の日本旅行を経て構想したのではないか」という推察の所以だ。「ブレット・トレイン」は日本賛美を売りとしている映画だが実際にはその点全く用を成していない。
✔ 「脱出の叶わない長距離列車に殺し屋達を集結させ殺し合わせる」映画を「ジョン・ウィック」、「デッドプール2」を手掛け成功させたデヴィッド・リーチが手掛けると聞くと七面倒臭いストーリーなど取っ払ったブラックユーモア満載の「スモーキン・エース(2006)」のようなコミックチックな爽快アクションを期待するのが当然の流れだが、今回はそんな映画通の望みも全く叶えられない。
「新幹線の車内」という狭く障害物の多い空間を逆利用して唯一無二の独創的なアクションシーンを構築する事もデヴィッド・リーチになら出来た筈だが今回それは障害にしかなっておらず、せっかくのおバカ映画なのだから「スモーキン・エース」よろしく種々多様なぶっ飛んだ殺し屋達を用意すればいいのに皆銃やナイフのみの没個性スタイルで面白みのない動きで切った張ったをするに留まっており、印象に残るアクションシーンは一つも無い。と言うよりスリラー小説を原作としているせいかアクションシーンの数自体が少なめで、代わりにふんだんに差し込まれ長々と尺を取る謎解き要素や会話要素がどれも逐一面白くない。この映画の予告編を見て実際に劇場まで足を運ぶ観客が「俺は機関車トーマスから全てを学んだ。お前は内面的にはディーゼルだ」みたいな脚本のかさ増しと登場人物のキャラ付けの為の会話要素を見て面白いと感じる訳がないし、登場してすぐに殺されて本編中ずっと死体として寝ているだけのキャラの長々とした過去話など見たい訳がない。本作は脚本を書く前の段階から「どんな映画をどんな客層に向けて作るか」という方向性の部分がブレブレにブレており、アクション好き、ミステリー/スリラー好きどちらにとっても退屈で物足りなく、日本賛美映画としては支離滅裂というどの層にも刺さらないどうしようもない映画だ。チャニング・テイタムやライアン・レイノルズといった悪ふざけ好きの役者達を「デッドプール2」や「フリー・ガイ(2021)」でやったようなカメオ出演の形で起用しているがこの流れにもそろそろうんざりだし、そんな事で賑やかすよりもっとやる事があるだろうという話だ。さらにタイカ・ワイティティでもカメオ出演していたら途中で席を立っているところだ。
✔ 本作の主演ブラッド・ピットは今も昔も私の最推しのハリウッド俳優だが、彼はその魅力と実力にそぐわない微妙な作品のオファーを受けてしまう習性がありそれは今回もしっかりと発揮されてしまっているのだが、本作は「ブラピ本来の魅力を引き出し引き立てる」という一点においては大成功している。ユーモアのセンスに溢れ柔らかい人となりのブラピが度重なる理不尽な不運(今回はとにかく不運なキャラ設定)に見舞われ「トホホ」とやっている様は「チャーミング」を超えて最早「キュート」だ。作中度々彼とマンツーマンでド突き合う対立的な位置付けのライバルキャラを「キック・アス」シリーズでは主演を務め「アベンジャーズ」ではクイックシルバーを演じ、主演のクレイヴンとして「クレイブン・ザ・ハンター(2023)」を鋭意撮影中の超イケメン俳優アーロン・テイラー=ジョンソンが演じているが彼と比べてもブラピの華は段違いで、あんまり若い人を虐めてやるなよという気になる。「トロイ(2004)」や「フューリー(2014)」で演じたようなキリキリとした強面のキャラではなく「イングロリアス・バスターズ(2009)」や本作のように遊びがあってコミカルな、残念イケメン系の役の方が彼にはより合っているようだ。
物語の終盤、劇中全く姿を現さずスマホ越しにブラピに指示を出すだけだった存在の正体が明らかになるが、これがブラピ世代にはキャスティングの意味で超胸アツのキャラで、このキュート過ぎるブラピとそのボスである彼女、このダブルチームで難解なミッションに挑むスパイ映画シリーズのような物を何とか製作してはくれまいかと思ってしまう。その際日本賛美要素とかはもう本当にどうでもいいので何とかこの二人の座組だけは継続を、そう願ってしまう程この二人の組み合わせだけは本作の中で唯一強く輝いている。
✔ 監督が「ファンタジーですから」と公言する通り本作は色々とぶっ飛んでいる。面白くない上に大事な局面を運や偶然が解決していく雑なストーリー、「ニッポン賛美」を謳っていながら浅過ぎる日本描写、しかもそのほとんどは嘘っぱち。終盤明らかになる「殺し屋達の新幹線旅行」が仕組まれた動機も意味不明、中華製ゆるキャラにGoogle翻訳真田、血まみれの外国人が車両内を闊歩し度々取っ組み合って周囲の設備を破壊、爆発物の破裂音や銃声が度々鳴り響き脱走した毒蛇は這い回り、バースペースには酔いつぶれて寝ている体で椅子に座らされ同じ卓を囲むギャングの男と客室乗務員の死体が何時間も放置され、最後尾の車両の運転席の大型フロントガラスが割れ車両ごと吹き抜けになり、非常用ボタンも押されて非常時用出口が解放され車両内にごうごうと風が吹き荒れても社畜魂で決して止まらず東京~京都間を通常運行で走り続ける新幹線、その全てをドラマ「スクールウォーズ」の主題歌「ヒーロー」や坂本九の「上を向いて歩こう」のような日本の懐メロをBGMとして流す事で「日本の皆さんこれで許してちょ」と言わんばかりに媚びる舐め腐った態度、本作の「ぶっ飛び」はどれを取っても雑でナンセンスで全く笑えない。どんな映画も明確なビジョンと十分なリサーチ、確かなセンスを下敷きにして丁寧な作品作りを心掛けねばゴミに仕上がってしまう、本作はそんな映画製作における基本原理を分かり易く示してくれている。還暦ブラッド・ピットのチャーミングな魅力を堪能したい人以外には劇場での鑑賞は全くオススメ出来ない。