【 007/ノー・タイム・トゥ・ダイ 】52点 – 批評 –

✔「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」はダニエル・クレイグ版007の第5作目。ダニエル・クレイグがジェームズ・ボンドを演じるのはこれが最後になる。MやQ等シリーズお馴染みのキャラクターに加えて魅力的な3人の女性キャラが追加で登場する。悪役は「ボヘミアン・ラプソディ(2018)」の主演でお馴染みラミ・マレック。

私はダニエル・クレイグ版ボンドを人生の目標とする程彼に惚れ込んでいてこのシリーズもとても好きだったのだが、シリーズが終わる事に関しては特に名残惜しさを感じない。前作「スペクター」を観た時点で監督や役者がネタ切れ、モチベ切れ、劣化等あらゆる限界を迎えている事は見て取れた。むしろそんな状態から追加で一本作ってくれてどうもありがとう、という所だ。

前作まで監督はサム・メンデスという大作メーカーが担当していたが、今回は長編映画の経験自体が少ないマイナーな監督が担当している。その割にいい画が撮れているし編集や展開もそつがなく全体的によく出来ていると思うが役者への演技指導やセリフ・シーン間の演出、組み立てがかなり下手だ。進出女性キャラパロマは終始ヘラヘラしていて挙動不審だしボンドが因縁の宿敵相手にキレるシーンは唐突過ぎて誰かに操作でもされているようだ。終盤に配置されているワンカット風の長尺アクションシーンも本来はもっと盛り上がって良さそうなものだが助長で退屈な一連のシーンの後にヌルリと始まるので気持ちが乗らない。一つ一つのプロットに作り込みや熱意は感じるのだがそれらの組み合わせ方が下手で監督のイメージ通り機能していない感じだ。それが監督に才能がないせいなのか経験が足りないからなのかは今の所まだ分からない。全編画角が狭く室内では天井が低いという低予算映画にありがちな画が多く、これと監督の力量不足が合わさって本作はシリーズ最終作ながら全体的に安っぽい印象の作品になっている。

映画やドラマ等海外の創作物のトレンドは「強い女性」だが本作もそれを押さえており、魅力的で強い新女性キャラが登場する。一人はボンドと同じく海外での諜報活動を生業とするエージェントパロマ、もう一人はボンドが去ったMI6で007の名を受け継いだ黒人女性ノーミだ。ノーミはボンドのライバルキャラのような立ち位置だがパロマはサブのボンドガールのような扱いになる。

パロマはパッと見で分かる美人で彼女自体を本作一の見所と捉えている人も多いのではないかと思う。私も彼女の事は好きでこのシリーズのボンドガールで一番の美人ではないかとまで思っているが、実際作中で見てみると少々残念な印象を持った。経験の少ないエージェントで今回ボンドと組むのが現場での初の大仕事だという事だったがそれにしても態度に落ち着きがない。終始ヘラヘラしているのもよく分からないが、多分これは監督の演技指導が良くなかったのだろうと思う。バタバタと登場してそそくさと退場する様子を見ると、パロマは既に出来上がった脚本に後付けする形で作られたキャラなのではないかと思う。実際パロマの存在自体を消去しても脚本的には何の齟齬も生まれない。

もう一人の進出女性キャラノーミの方が脚本上重要な役割を持つ。彼女はボンドが去った後のMI6で007の称号を受け継いだやり手のエージェントなのだが、金髪で青い目の白人男性であるボンドの役職を受け継いだのが女性で、しかも黒人であるという事には注目した方がいい。近年海外の創作物では既得権益を貪る白人男性の立場を女性や有色人種等の人々が奪う描写がよく見られる。敵陣営に属してはいるがギャグ担当で憎めない、最後には生き残って味方陣営に加わってもおかしくないようなキャラクターがノーミに対して人種差別を念頭に置いた言葉を二言三言かけた瞬間に処刑され生存ルートを絶たれる、という終盤のシークエンスは象徴的だ。海外の創作物において人種や性別で人を差別するのは最早新世代の死亡フラグなのだ。このご時世冒頭からイチャつくカップルと退役したら海辺の町で店を開くつもりの従軍兵士と差別主義者は生きてはいけない、と覚えておこう。

「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」はダニエル・クレイグ版007最終作としては少々安っぽく物足りないが、経験が少ないながらも熱意ある監督が製作しただけあってそこそこには楽しめる作品になっている。予告編では割れた能面を被ったラスボスが目立っていたと思うが、彼は作中大した存在感を放っていない。鑑賞にあたっては新しく登場する魅力的な3人の女性キャラに注目しつつ、中盤の盛り上がりに重きを置いて楽しもう。