映画批評※ネタバレ※【アバター:ウェイ・オブ・ウォーター】38点 《ハリウッドの主流「ポリコレ」の元祖、「アバター」の続編。前作のテーマ性を汲むなら環境のド真ん中だが果たして…?》

映画






※※※※ 本編のネタバレを含む為映画鑑賞後に読む事をお勧めします ※※※※






【①.とんでもないCG技術。3D上映で鑑賞した際の没入感は前作を遥かに凌ぐ】

【➁.前作の流れを強く汲んでおり、前作をしっかり観ていた観客には感じ入る物が多い】

【③.個性豊かで魅力的なナヴィの面々。前作と比べると取っ付き易いビジュアルのナヴィが多め】

【④.前作を鑑賞していた者からすると完璧すぎる序~中盤の流れ。あのキャラ・・・・・の復活が物語に拍車をかける】

【⑤.終盤のナヴィvs人間のアクションシーンが秀逸。サイズの差を存分に活かし容赦なく人間を蹂躙する姿は最早どちらが悪役か分からなくなる程】


【①.監督肝入りのテーマの無理矢理な挿入。引きのないテーマな上尺を取り過ぎで映画全体のテンポが台無しに】

【➁.前作の視聴ありきで物語が始まる。前作未履修の観客には分からない事が多い】

【③.後のシリーズ作への引きがいくつか配置されているが興味深い物が一つも無い。主人公家族が絆の力で侵略者に立ち向かい窮地に陥っては長女が惑星の力を借りて打開する、今後もその繰り返しになるのは明らか】

【④.造形から背格好、内面から作中での役割まで似通ったキャラを二体配置して片方を死んでも支障の出ない「いらない子」として配置した事に代表される雑な映画作り。前作の完璧さが嘘のよう】



Ⅰ:概要

✔ 「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」は2022年公開のファンタジー・SF・アクション映画。監督は前作「アバター(2009)」と同じくターミネーターシリーズや「エイリアン2(1986)」、「タイタニック(1997)」等で有名なジェームズ・キャメロン。前作から10年以上経過した惑星「パンドラ」を舞台に前作の主人公夫婦とその子供達を主軸に据えてストーリーが展開する。


Ⅱ:超名作の続編に求められるもの、監督の前科

✔ ポリコレの元祖で超名作「アバター」の続編ともなればポリコレ最盛期の今のハリウッドでやる事はやはりポリコレなのだが、問題は前作のような丁寧で説得力のあるポリコレ描写が保たれるのか、そしてジェームズ・キャメロンが耄碌して自分の過去の名作に泥を塗るようなおかしな物を上げてこないか、この二点に尽きる。

クリエイターの寿命というのは思いの外短く、過去にとんでもない名作を打ち出した映画監督も年を食えば自分で自分の過去作をレイプするような続編を上げて来る事などざらだ。特に「ターミネーター:ニュー・フェイト(2019)」でシリーズの中でT-800と同クラスに重要な人物にあんな仕打ちをしておいて「ターミネーターシリーズはこれからだ!」と息巻いていた監督の事なので余計に不安が募る。彼には自分の作った名作の核が何であるのか綺麗に忘れ去ってしまっていたという前科があるのだ。


Ⅲ:意外性満載、戦慄の導入部分。最高の滑り出し

✔ 「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」の序盤は前作をしっかり覚えている、若しくは本作の鑑賞に備えて予習として前作を見て来た観客には感動の連続、エモさの暴風雨だ。

健康美輝く美少女だった俺らのネイティリは4人の子を持つ肝っ玉母ちゃんに、学生にも見える程若かったジェイクはがっしりとした顔つきの大人の男に、死亡退場したグレイスには何と娘がいて「エイワと繋がった」という言葉の伏線は引き継がれ、悲惨な闘いを経ても強く生きているナヴィ達もパンドラに残留して細々と生きる地球人達も、部族を守りながらナヴィとしての人生を生き続けたジェイクも全部が激しくエモい。前作ではビジュアルが攻め過ぎていてどうにも取っ付きにくかったナヴィだが今作では序盤から可愛過ぎる赤ちゃんナヴィや子供ナヴィがふんだんに登場していて、前回のような違和感や拒否感は感じさせないような作りだ。公開前のトレイラーでフィーチャーされていた日本の女子大生を思わせるような丸く柔らかい所作の女子ナヴィも前作のネイティリとは大違いだ。

前作を知っている観客にとって序盤で一番琴線に触れるのは「大佐の帰還」だろうと思う。クズ野郎の癖に能力が高くてカリスマ性まであるという厄介極まりないこの難敵は前作で射る時は普通なのに刺さるとビッグサイズになっているという面白弓矢で二回も貫かれるという印象的な死に方をしていて、こいつが続編でもう一回出て来るという選択肢は前作を覚えている観客の中にはまずあり得ない。それが生き返った上に若返っていて、前回を上回る身体能力まで手にして戻って来るのだから彼の有能さを知っている観客は不意を突かれて背筋が寒くなるという、非常に上手い導入だ。ピッコロ大魔王がドラゴンボールで張りと艶を取り戻したあの時と全く同じ恐怖が観客席を襲う。「死んでもシリーズが進行するとしれっと生き返る女」ミシェル・ロドリゲスを差し置いて単身帰還するとはやはりこのジジイ、只者ではない。

大佐の帰還は前作で安全なヘリの操縦席からコーヒー片手にナヴィの居住地を焼き払い「ゴキブリ共が」とほくそ笑んでいた彼を烈火の如く憎んだ私のような者からすれば本当の本当に嫌な展開だが、これは演じるスティーヴン・ラング(ドント・ブリーズシリーズ主演、同様に屈強な老人役)とジェームズ・キャメロンの役作り・キャラデザイン・演出が良過ぎるせいだ。「しわがあって髪が真っ白な事以外若者と同じ、否それ以上に屈強」というスティーヴン・ラングのビジュアルは「なんでそんな事が可能なの?」「肉体的には俺らと同じなのに知識と経験は倍からあるって手強すぎないか…?」といった観点から恐怖心を掻き立て、強キャラとしての説得力を演出する事に一役買っている。元がイケメンだからだしハゲていないからこそ成立するオーラの出し方だが、二点とも共通している上に内面までもが美しい私も出来る事ならこんなご老体になりたいものだ。

大佐は今回自分が人間だった頃に遺した息子を伴う形でジェイク一家を追跡していて、その道すがら前作でジェイクが辿った軌跡を彼と同じ姿、同じやり方で追っていく展開には「もしかしてジェイクと同じ流れでナヴィの文化を知る事で改心していく流れか…?」と予感させる。

何をしても帳消しに出来ない程に悪行を重ねた前作の大佐と違い今回の大佐は記憶や精神を受け継いでいても全く別の生き物、生後0か月でまだ無垢な彼が善人ルートを行く展開は大いにあり得え、それは悪くない筋書きだとは思うのだがこの映画の完成度が高いのはせいぜい物語の中盤に差し掛かるその辺りまでだ。ジェイク一家が海のナヴィ部族「メトカイナ」に身を寄せしばらくしてから監督の暴走が始まり、本作は映画としてのバランスを大きく崩していく事になる。


Ⅳ:突然の暴走、湘南乃風も真っ青の超転調

✔ 海のナヴィ「メトカイナ族」にジェイク一家が身を寄せて以降のシーンで披露されるビジュアルの数々は本当にどれも、暴力的に美しい。今思えばこれは「海」に並々ならぬ想いを寄せる監督の「海洋賛美描写」だったのだが、それでも美しく透ける海の中、ジェイクの子供達を中心とした若いナヴィ達が水中で妖しくも美しい生き物達と戯れつつ悠々と泳ぐ姿は3Dで鑑賞すると時間を忘れて見入ってしまう程臨場感に溢れる。

前作は鑑賞にあたって森の中で異形の青いエイリアンと交流する事への違和感と戦い続けなければならない側面があったが今回は本当に地上にこんな場所があって、こんな人種が存在する事を体が素直に認めてしまうような、そんな鑑賞心地だ。

私が前作を観ていてナヴィをよく知っている事ももちろんあるのだと思うが、それ以上に本作は柔らかく温かい描写が多い事と、現実の人間の子供と変わらない可愛らしいナヴィの子供達が観客の警戒心を取り去る作りをしているようだ。森のナヴィ「オマティカヤ」はネイティブアメリカンをモデルとした部族だが丸みを帯びてずんぐりとした体形の者の多いメトカイナは一目見て黒人の部族をイメージしている事が明らかで、ステレオタイプな「黒人の不良」デザインのナヴィがいたり歌姫でも目指してそうなおしとやかで清楚な「黒人のヒロイン」ライクな女子がいたり、新しく登場するナヴィのデザインがポップな事もこの作品への取っ付き易さを底上げしているようだ。

メトカイナの人々は多くの時間を水中で過ごすのだが、その際意思の疎通に手話を使う。これは前作にも増して非常に上手いポリコレ要素の挿入で、さり気無く無理がないので観客への「手話賛美」もしくは「聴覚障害に関するイメージの向上」の強い効果が見込め、これこそが前作と共通するジェームズ・キャメロンのポリコレ描写の上手さ、アバターシリーズの神髄だ。「耳が不自由なのは私達のスーパーパワーよ!」などと言っておきながらやはり音が聞こえないせいでゾンビの接近に気付かず絶体絶命のピンチに追いやられるどこかのドラマの可愛い顔した黒人女性とは偉い違いだ。

森から出た事が無くて勝手の分からない、そもそも体の作り自体が違って海の暮らしへ適応する事に四苦八苦するジェイクの子供達が少しずつ「海」やそこに住むナヴィ達と距離を縮めていくパートがしばらく続くがこれが明らかに長く、冗長に過ぎる。監督の暴走がここから始まるのだ。

「①海の部族に何とか馴染もうとする」→「➁海の部族にはいい人も悪い人ももちろんいて、優しくしてもらったり虐められたりを何ターンか繰り返す」→「③主人公家族が忍耐と人格の高潔さを示して海の部族に受け入れられる」→「④さあ結束してスカイピープルを倒すぞ!」この手の映画にこれ以外の展開などそうないし、客もそれ以外別段求めていないのだが本作ではジェイクの第三子、次男の「ロアク」が海である生き物に出会ってからわざとらしくしつこい「その生き物賛美」描写が続き心底辟易する。特に日本人には興味の引かれないテーマだし、さり気無くテーマを挿入してこちらへのアピール力を最大化する事に長けるジェームズ・キャメロンにしては仕事が雑過ぎて「ジェームズお前また(ターミネーターの時みたいなおかしな事)やんのか」と再度裏切られた気分だ。

あまりに無理矢理で急な展開に辟易しつつ観ているとメトカイナのナヴィ達が部族総出の深刻な話し合いの際中に突然舌を垂らしてベロベロやり始めるので何だ今度はギャグに振るのかと思っているとどうやらこれはニュージーランドの先住民族マオリの伝統的な儀式「ハカ」の際の仕草を模した物のようで、彼らのモチーフがマオリだという事がここで説明されている訳だがいきなり過ぎるしこの後一切出てこないし取って付けたようでここも非常に雑だ。監督は只々「海」そして「ある生き物」を賛美したいが為にこのアバターシリーズに再度手を付けたようでその他の要素は二の次三の次として雑に扱われており、前作との余りの落差に心底萎える。


Ⅴ:日本人にとっては「ホゲェ~そんなん知らんがな」なテーマな訳です

✔ 特に我々日本人にとっては監督が守りたがっている「ある生き物」が狩られて食されている事など主たる興味の遥か外の事だ。日本でもこの生き物、と言うよりこの生き物と味も肉質も同じだからという事で作中の「この生き物」とはかなりイメージの違う、「この生き物」と言うよりどちらかと言うとイルカに近いような見た目の「この生き物」の一種が今でも狩られていてそれが監督と意見を一にする人々によって糾弾されていたりもする訳だが、ほぼ全ての日本人の意見は「他所の国に文句言われる筋合いもないけどやめるんならやめてもいいんじゃない」で満場一致だろう。

そんな日本で「反・この生き物の狩猟」をメインテーマとして掲げるこの映画が前作のように観客の胸を強く打つ事はあり得ないだろう。そもそも「この生き物賛美」にさしかかってから本作のタッチは雑過ぎるし、押し付けがまし過ぎる。「さっさと大佐映せや」「はよスカイピープルと戦えや」というタイミングを遥かに過ぎてもまだ「この生き物は人間のトモダチ」「この生き物はこんなにも素晴らしい、われわれ人間を凌ぐほどに」「この生き物を狩る人間は悪!何がなんでも悪!」といった類のメッセージを延々と描写する展開には「ホゲェーそうくるかぁ」以外の言葉が出ない。

「「この生き物」やイルカを捕獲するのをやめろ!」→「じゃあ牛や豚は何でいいの?お前らがポークやビーフ食うのやめるなら話聞いてやるよ」→「いやイルカやクジラは人間と同等に感情豊かで理性的で…」→「動物に優劣を付けて差別する気か、お前ら本当差別好きだな」みたいなお決まりのやり取りがあるが、どちらかと言えば「生き物に人間の価値観で優劣つけるなんてどうなの」という意見寄りな我々日本人もお隣の国が犬や猫を食うと聞けば「やっぱあの国無理だわ」「わざわざ犬猫を食肉に選ぶ感覚が分からん」「飼えば分かるけど犬や猫なんて内面ほとんど人間と同じだよ」等と感じる人が多いだろう。多分キャメロン監督や「この生き物」を守りたい団体の人々もそれと同じ感覚で活動に勤しんでいるのだ。我々が「犬や猫を肉として見るなんて信じられないこんなに可愛いのに」という立場をやめられないのと同じように彼らもその考えを変える事はないだろう。つまり彼らと我々の溝が埋まる事は一生ないし、監督はアバターシリーズをこっち路線で作る事をやめないし、この後三作製作予定のシリーズ作はどれも日本人の琴線に触れる物にはきっとならないだろう。


Ⅵ:まとめ「前半だけでもありがとう」

✔ あまりに出来過ぎた前作を持つ「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」は前作と比べると監督の暴走とも取れる程にワンマンなメッセージの盛り込みや雑な映画作りが各所に見られ、「視聴前に前作の鑑賞が必須だが前作を鑑賞してから観ると必ず落胆させられる」という残念な作品だ。前作では現在ハリウッドで蔓延する「人種差別」をいち早く作品に盛り込みブームの魁となったキャメロン監督だったが、今回のメインテーマが今後のハリウッドのメインストリームになる事はさすがにないだろう。人種差別問題と違い対象が限定的過ぎるし扱おうとすれば舞台が海に限られてしまうし、日本人に限らず世界の多くの人々が気にも留めないテーマだ。今後のシリーズ作の質どころか受け入れられなさ過ぎてターミネーターの時と同じようにシリーズ自体が頓挫する事も十分に考えられる。

最も前作で壮大なドラマを演じて見せたジェイクやネイティリ、そして大佐や彼らに関連する様々を「前作と地続きの10年後」として綿密に、丁寧に描いた映画前半部分は前作に感じ入った者にとっては宝物だ。この部分だけでも鑑賞料金分ぐらいの価値は十分にある。


タイトルとURLをコピーしました